洗心洞箚記 / 卷上・第百三十五條
陸象山先生嘗聞鼓鼓振動窓櫺、亦豁然有覺、此不道其所以覺、然考其義、鼓中卽虛、故其響徹窓紙、窓紙振動、若先有物塞乎其中、卽非虛、非虛則無其響矣、安振動窓櫺之有、先生之覺、蓋在此歟、
新字:陸象山先生嘗聞鼓鼓振動窓櫺、亦豁然有覚、此不道其所以覚、然考其義、鼓中即虚、故其響徹窓紙、窓紙振動、若先有物塞乎其中、即非虚、非虚則無其響矣、安振動窓櫺之有、先生之覚、蓋在此歟、
書き下し
陸象山先生嘗て鼓の鼓して窓櫺を振動するを聞きて、亦豁然として覚ること有り。此れ其の覚る所以を道はず。然れども其の義を考ふるに、鼓の中は即ち虚、故に其の響窓紙に徹し、窓紙振動す。若し先に物有りて其の中を塞げば、即ち虚に非ず。虚に非ずんば則ち其の響無し、安んぞ窓櫺を振動すること之有らんや。先生の覚、蓋し此に在るか。
現代語訳
陸象山先生(陸九淵)はかつて、鼓が打たれて窓の格子を震わせるのを聞いて、からりと悟るところがあった。どうして悟ったのかは語られていない。しかしその意味を考えると、鼓の中は虚である。だからその響きが窓の紙まで通り、窓の紙が震える。もし先に物があってその中を塞いでいれば、虚ではない。虚でなければその響きはない。どうして窓の格子を震わせることがあろうか。先生の悟りは、おそらくここにあったのではないか。
解説
陸九淵が鼓の音が窓を震わせるのを聞いて悟ったという話について、その理由を中斎は鼓の中の虚に見る。中が虚だから響きが窓まで通る。物が詰まっていれば響かない。心も同じで、私意が詰まっていなければ天地万物に感応して響き合う。陸九淵は王陽明に先立つ心学の祖であり、その悟りを太虚の語で読み解いた条である。先入観や自分の都合で心が詰まっていると、人の言葉も出来事も響いてこない。心に余白を持つことが、感応する力を生む。
この章句が説くこと
虚太虚心感応陸九淵悟り
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