洗心洞箚記 / 卷上・第百二十八條
地載於水、水包於天、天卽太虛也、故心至大、無不載焉、奈何慾以小之、是惑之甚者也、仁也者、卽太虛之生、義也者、卽太虛之成、禮也者、卽太虛之通、智也者、卽太虛之明、信也者、卽太虛之一、是皆太虛之德之用也、而人皆備之、不學則昏黑如長夜、與不生無異矣、是故學而率其德以行之、始謂之生人也、
新字:地載於水、水包於天、天即太虚也、故心至大、無不載焉、奈何慾以小之、是惑之甚者也、仁也者、即太虚之生、義也者、即太虚之成、礼也者、即太虚之通、智也者、即太虚之明、信也者、即太虚之一、是皆太虚之徳之用也、而人皆備之、不学則昏黒如長夜、与不生無異矣、是故学而率其徳以行之、始謂之生人也、
書き下し
地は水に載せられ、水は天に包まる。天は即ち太虚なり。故に心は至大にして、載せざる無し。奈何ぞ慾以て之を小にする、是れ惑ひの甚だしき者なり。仁なる者は、即ち太虚の生、義なる者は、即ち太虚の成、礼なる者は、即ち太虚の通、智なる者は、即ち太虚の明、信なる者は、即ち太虚の一なり。是れ皆太虚の徳の用にして、人皆之を備ふ。学ばずんば則ち昏黒長夜の如く、生れざると異なる無し。是の故に学びて其の徳に率ひて以て之を行ひて、始めて之を生人と謂ふなり。
現代語訳
大地は水の上に載り、水は天に包まれている。天とはすなわち太虚である。だから心はこの上なく大きく、載せないものはない。どうして欲によってこれを小さくするのか。それは迷いのはなはだしいものである。仁とは太虚の生かす働き、義とは太虚の成し遂げる働き、礼とは太虚の通じる働き、智とは太虚の明らかな働き、信とは太虚の一つである働きである。これらはみな太虚の徳の用(はたらき)であって、人はみなこれを備えている。学ばなければ、暗い長い夜のようで、生まれていないのと変わらない。だから学んでその徳に従って行い、はじめて生きた人と言うのである。
解説
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『都鄙問答』卷之一・都鄙問答ノ段答ふ、厚き志し過分の至りなり。先づ今日教へをなす志しを語らん。孟子曰く、人の道有るや、飽食煖衣、逸居して教へ無ければ、則ち禽獣に近し。聖人之を憂ふること有り、契をして司徒たらしめ、教ふるに人倫を以てす。父子親有り、君臣義有り、夫婦別有り、長幼序有り、朋友信有り、と。此の五つの者を能くするを学問の功とす。これにて古人の学と云ふ者を知るべし。論語学而の篇にも、大抵皆本を務むることを多くせり。人倫の大原は天に出でて、仁義礼智の良心よりなす。孟子又曰く、学問の道は他無し、其の放心を求むるのみ、と。此の心を知りて後に、聖人の行ひを見て法を取るべし。君の道を尽くし玉ふは堯にあり、孝の道を尽くし玉ふは舜にあり、臣の道を尽くし玉ふは周公にあり、学問の道を尽くし玉ふは大聖孔子なり。此れ皆孟子の所謂性のままにして、上下天地と流れを同じくす。
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『洗心洞箚記』卷下・第百條小程子曰く、学なる者は、人をして内に求めしむるなり。内に求めずして外に求むるは、聖人の学に非ざるなり。何をか外と謂ふ、文を以て主と為す者、是れなり。学なる者は、人をして本に求めしむるなり。本に求めずして末に求むるは、聖人の学に非ざるなり。何をか末と謂ふ、詳略を考へ、同異を採る者、是れなり。是の二者は、皆身に益無し、君子は学ばず、と。程子の此等の説は、陽明先生の精一の学と異なること無し。学者宜しく心を平らかにして以て之を見るべきなり。
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