洗心洞箚記 / 卷上・第百二十五條
黃陶菴曰、李習之問一禪師、如何是黑風吹船飄墮羅刹鬼國、師云、李翱小子、問此何爲、李怒形於色、師笑曰、發此惡心、卽是飄墮鬼國也、調心之難如此云、夫文字之儒、愚弄乎玄悟之浮屠每每如此、儒者眞看破學庸之愼獨、以下工夫、則他法術皆存於其中、而老佛自默奪乎我矣、否則二氏却高出于儒者思爲之上、陶菴之意、抑亦在於茲歟、
新字:黄陶菴曰、李習之問一禅師、如何是黒風吹船飄堕羅刹鬼国、師云、李翱小子、問此何為、李怒形於色、師笑曰、発此悪心、即是飄堕鬼国也、調心之難如此云、夫文字之儒、愚弄乎玄悟之浮屠毎毎如此、儒者真看破学庸之慎独、以下工夫、則他法術皆存於其中、而老仏自黙奪乎我矣、否則二氏却高出于儒者思為之上、陶菴之意、抑亦在於茲歟、
書き下し
黄陶菴曰く、李習之一禅師に問ふ、如何なるか是れ黒風船を吹きて羅刹鬼国に飄堕す、と。師云ふ、李翺小子、此を問ひて何をか為さん、と。李怒り色に形はる。師笑ひて曰く、此の悪心を発す、即ち是れ鬼国に飄堕するなり、と。心を調ふるの難きこと此の如し、と云ふ。夫れ文字の儒の、玄悟の浮屠に愚弄せらるること毎毎此の如し。儒者真に学庸の慎独を看破して、以て工夫を下せば、則ち他の法術も皆其の中に存して、老仏自ら黙して我に奪はれん。否ずんば二氏却つて儒者の思為の上に高出せん。陶菴の意も、抑も亦茲に在るか。
現代語訳
黄陶菴(黄淳耀)は言う。「李習之(李翺)がある禅師に『黒い風が船を吹いて羅刹鬼の国に漂い落ちるとは、どういうことか』と問うた。禅師は『李翺の小僧め、そんなことを問うてどうする』と言った。李翺は怒りが顔色に表れた。禅師は笑って『その悪心を起こしたこと、それがすなわち鬼の国に漂い落ちることだ』と言った。心を調えることの難しさはこのようである。」そもそも文字の儒者が、玄妙な悟りの僧に愚弄されるのは、いつもこのようである。儒者が本当に『大学』『中庸』の慎独を見抜いて工夫を下せば、ほかの教えの法術もみなその中にあって、老子や仏教はおのずから黙って我々に取り込まれてしまう。そうでなければ、老仏の二教はかえって儒者の思慮や行いより高く出てしまう。陶菴の意図も、そもそもここにあるのではなかろうか。
解説
この章句が説くこと
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