洗心洞箚記 / 卷上・第百十條
或問求其放心之義、曰、放者、取於外物而放出焉也、故求之以復于方寸內了、方寸非他、太虛也、求放心、亦惟歸乎太虛之謂也、事如易而實難矣、功如淺而誠深矣、此所以古今眞求放心者之尤罕也、又曰、求放心者、歸乎太虛、旣聞命矣、然而程子之言曰、聖賢千言萬語、只是欲人將已放之心、約之使反復入身來、自能尋向上去、下學而上達也、其謂入身來、而不謂復于方寸、謂能尋向上去、而不謂歸乎太虛、然子以方寸易身字、以太虛易上字、抑亦有說乎、曰、身之所以爲身、以有方寸之虛也、如無其虛則不靈而死矣、故吾則謂之方寸、上也者何、仁也、仁也者何、太虛之德、太虛之德、外於仁而無有也、子猶疑吾說異於程子乎、
新字:或問求其放心之義、曰、放者、取於外物而放出焉也、故求之以復于方寸内了、方寸非他、太虚也、求放心、亦惟帰乎太虚之謂也、事如易而実難矣、功如浅而誠深矣、此所以古今真求放心者之尤罕也、又曰、求放心者、帰乎太虚、既聞命矣、然而程子之言曰、聖賢千言万語、只是欲人将已放之心、約之使反復入身来、自能尋向上去、下学而上達也、其謂入身来、而不謂復于方寸、謂能尋向上去、而不謂帰乎太虚、然子以方寸易身字、以太虚易上字、抑亦有説乎、曰、身之所以為身、以有方寸之虚也、如無其虚則不霊而死矣、故吾則謂之方寸、上也者何、仁也、仁也者何、太虚之徳、太虚之徳、外於仁而無有也、子猶疑吾説異於程子乎、
書き下し
或ひと其の放心を求むるの義を問ふ。曰く、放とは、外物に取られて放出するなり。故に之を求めて以て方寸の内に復し了る。方寸は他に非ず、太虚なり。放心を求むるも、亦惟だ太虚に帰するの謂なり。事は易きが如くして実は難く、功は浅きが如くして誠に深し。此れ古今真に放心を求むる者の尤も罕なる所以なり。又曰く、放心を求むる者は、太虚に帰す、既に命を聞けり。然り而して程子の言に曰く、聖賢の千言万語は、只だ是れ人の已に放てる心を将て、之を約して反復して身に入り来らしめんと欲す、自ら能く尋ねて上に向ひ去らん、下学して上達するなり、と。其れ身に入り来ると謂ひて、方寸に復すとは謂はず、能く尋ねて上に向ひ去ると謂ひて、太虚に帰すとは謂はず。然るに子は方寸を以て身の字に易へ、太虚を以て上の字に易ふ、抑も亦説有るか。曰く、身の身為る所以は、方寸の虚有るを以てなり。如し其の虚無ければ則ち霊ならずして死す。故に吾は則ち之を方寸と謂ふ。上なる者は何ぞ、仁なり。仁なる者は何ぞ、太虚の徳なり。太虚の徳は、仁を外にして有ること無し。子猶ほ吾が説の程子に異なるを疑ふか。
現代語訳
ある人が「その放心を求む(失った心を取り戻す)」の意味を問うた。答えて言う。「放とは、外の物に心を取られて外に出てしまうことである。だからこれを探し求めて、方寸(胸の内)に戻すのである。方寸とはほかでもない、太虚である。放心を求めるとは、ただ太虚に帰ることを言うのである。事はやさしそうで実は難しく、工夫は浅そうで実に深い。これが古今に本当に放心を求める者がとりわけまれなわけである。」また問う。「放心を求めるとは太虚に帰ることだ、とは承りました。しかし程子の言葉に『聖賢の千言万語は、ただ人がすでに放ってしまった心を引き締めて、繰り返し身の内に入らせようとするだけである。そうすれば自ら探し求めて上へ向かって行ける。下学して上達するのである』とあります。程子は身の内に入ると言って方寸に戻るとは言わず、探し求めて上へ向かうと言って太虚に帰るとは言いません。ところがあなたは方寸を身の字に替え、太虚を上の字に替えている。何か説があるのですか。」答えて言う。「身が身であるのは、方寸の虚があるからである。もしその虚がなければ、霊妙でなくなって死ぬ。だから私はそれを方寸と言う。上とは何か。仁である。仁とは何か。太虚の徳である。太虚の徳は、仁のほかにはない。あなたはまだ私の説が程子と違うと疑うのか。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『洗心洞箚記』卷下・第百二條小程子曰く、学者仁体を識得し、実に諸を己に得れば、只だ義理の栽培を要す。経義を求むるが如きは、皆栽培の意なり、と。又曰く、学者此の心を全体すれば、学未だ尽くさずと雖も、若し事物の来たらば、応ぜざるべからず。但だ分限に随ひて之に応ずれば、中らずと雖も遠からず、と。又曰く、書を以て道を伝ふるは、口と相伝ふると、慾(煞)だ相干せず。相見て言ひ、事に因りて発明すれば、則ち意志を并せて一時に伝へ了る。書は言多しと雖も、其の実は尽くさず、と。又曰く、世に書を読むを以て文と為し芸と為す者有り。文を為すを之を芸と謂ふは猶ほ可なり。書を読むを之を芸と謂へば、則ち諸を書に求むる者浅し、と。此の数語は、自ら程朱を学ぶと謂ひて、諸を書策に求め、吾が心に求めざる者の長鍼なり。
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『大和俗訓』巻之四・心術下一心に主なければ、事をつとむる時早過ぎてさわがしく、又おそ過ぎて怠となり、或は事に先だちてあやまち、或は事におくれて間にあはず。主あれば心つねに定りて、遅速なく、よきほどなる故、あやまち少なし。一徐孝節といふ人、幼少より物を殺すことをいましめ、蟻のあつまり居る処をも、ふみころさんことをおそれ、よぎて道をゆけり。其心善なりといふべし。此心をおしひろめて、まづ父母兄弟を愛し人倫に及ぼし、次に万物に及ぼさば、仁愛の道ひろく行はるべし。善心をおしひろむる工夫、常にかくの如くすべし。夫生すことを好み、殺すことをにくむは、天の御心なり。天の物をあはれみ給へる御心をうけて、人の心とする所、即仁なり。不仁の人は、人をめぐみ、物をあはれむに心なくして、殺すことを好む。かくの如く不仁ならば、他の才多しといへども、天道にそむき、人道にかけて、見るに足らず。
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『都鄙問答』卷之一・播州ノ人學問ノ事ヲ問ノ段うるほすと云ことなり。身をうるほすは、心よりうるほすことを知るべし。孟子の一書も、心上より説来る。心を知る時は、志強義理照して、以て上達すべし。此心を知ずば、昏味とくらく放にして、学問に従と云とも、発明する所あるべからず。医書に、以手足痿痺為不仁。仁者は、天地万物を以て、一体の心となす。己に非と云ことなし。天地万物を己とすれば、至ざる所なし。若心を知らずば、天地と己と別々にして、気已に貫かず、手足の痿痺病人の如し。聖人は、我が心を以て天地万物を貫。凡て師たるもの、この心を知らずば、何を法として教、人の心を正んや。然るを師家に立人、心を知らずと云。夫は汝の在所などにて、書物を能読、文字を知て教れば、
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『弁名』心志意孔子曰く、「仁に依る」と。又た曰く、「其の心三月仁に違はず」と。是れ孔子学者に教へ、其の心をして常に先王安民の徳に依りて、相違はざらしむるなり。又た曰く、「択びて仁に処らずんば、焉んぞ知なるを得ん」と。其の心を仁に居くを言ふなり。其の言殊なりと雖も、其の義実は同じ。蓋し皆古語なり。夫れ仁は先王の礼を制する所以なり。苟も礼を為して礼の制する所以を知らざれば、則ち徳成り難し。然れども三代の隆んなるに当たりては、士学びて成れば、則ち挙げて之を用ふ。一世の人、先王の仁に游泳し、黙して之を識る。豈に依らざる者有らんや。春秋の時に及びて、大夫官を世々にし、賢者用ひられず、先王の仁遠くして見るべからず。則ち士の先王の道を学びて独り其の身を善くする者、比比として皆是れなり。是に於いてか遂に其の仁を忘れて、徒らに以て芸と為す。徳の成り難き所以なり。故に孔子教ふるに仁に依るを以てす。亦た衰世の意なり。豈に礼の外に出でんや。然れども先王の仁見るべからざる者、其の今世に在りては、亦た春秋の時より甚だし。則ち仁礼の二言、永く千万世心を治むるの道為り。学者諸を思へ。
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『弁名』仁殊に知らず、仁なる者は徳なり、性に非ざるなり。況んや理をや。仁の以て之を愛するは、特だ其の一端を言ふのみ。安んぞ仁を尽くすを得んや。且つ孔子の所謂人を愛すとは、民の父母と為るを謂ふなり。苟も民を安んずるに非ずんば、烏んぞ以て民の父母と為すに足らんや。宋儒は心を主とす。心を主として愛を語れば、則ち釈迦も亦た仁人のみ。其の安民の徳無ければ、則ち吾が所謂仁に非ざるなり。気質変ずべけんや。人欲尽くすべけんや。何れの徳か心に非ざらん。苟も仁を以て全徳と為さば、豈に所謂衆徳有らんや。専言偏言、豈に妄に非ずや。皆肆に其の理を言ひて未だ夫の道を睹ざるの失なり。
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『弁名』心志意惻隠羞悪辞譲是非の心を四端と為す。端は猶ほ一端と言ふがごときなり。亦た其の微なる者を謂ふのみ。朱子以て端緒と為す。其の意、仁義礼智性に全くして、四者は乃ち其の端緒の外に発見すと謂ふなり。是れ仏書の覆蔵心の説のみ。仁斎先生以て端本と為す。其の意、孟子の拡充の言に拠りて、引きて之を伸ぶるの意有りと謂ふ。豈に然らんや。孟子も亦た曰く、「性を養ふ」と。是れ自ら先王の教法有り、養ひて以て其の徳を成すのみ。其の拡充の言の如きも、亦た「天は昭昭の多きなり」と曰ふが如く、論説の言為るのみ。孟子と雖も、豈に必ずしも四端の心を拡充して以て仁義礼智を成さんことを求めんや。而るを固く其の拡充の言に泥みて、此を以て工夫と為し、遂に端本の説有り。亦た非なり。
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