弁名 / 心志意
孔子曰。依於仁。又曰。其心三月不違仁。是孔子敎學者。使其心常依於先王安民之德。不相違也。又曰。擇不處仁。焉得知。言居其心於仁也。其言雖殊。其義實同。蓋皆古語也。夫仁者先王所以制禮也。苟爲禮而不知禮之所以制。則德難成焉。然當三代之隆。士學而成。則擧而用之。一世之人。游泳於先王之仁。默而識之。豈有不依焉者哉。及於春秋之時。大夫世官。賢者不用先王之仁。遠而不可見。則士之學先王之道獨善其身者。比比皆是。於是乎遂忘其仁。而徒以爲藝。德之所以難成也。故孔子敎以依於仁。亦衰世之意也。豈出於禮之外哉。然先王之仁不可見者。其在今世。亦甚於春秋之時。則仁禮二言。永爲千萬世治心之道也。學者思諸。
新字:孔子曰。依於仁。又曰。其心三月不違仁。是孔子教学者。使其心常依於先王安民之徳。不相違也。又曰。択不処仁。焉得知。言居其心於仁也。其言雖殊。其義実同。蓋皆古語也。夫仁者先王所以制礼也。苟為礼而不知礼之所以制。則徳難成焉。然当三代之隆。士学而成。則挙而用之。一世之人。游泳於先王之仁。黙而識之。豈有不依焉者哉。及於春秋之時。大夫世官。賢者不用先王之仁。遠而不可見。則士之学先王之道独善其身者。比比皆是。於是乎遂忘其仁。而徒以為芸。徳之所以難成也。故孔子教以依於仁。亦衰世之意也。豈出於礼之外哉。然先王之仁不可見者。其在今世。亦甚於春秋之時。則仁礼二言。永為千万世治心之道也。学者思諸。
書き下し
孔子曰く、「仁に依る」と。又た曰く、「其の心三月仁に違はず」と。是れ孔子学者に教へ、其の心をして常に先王安民の徳に依りて、相違はざらしむるなり。又た曰く、「択びて仁に処らずんば、焉んぞ知なるを得ん」と。其の心を仁に居くを言ふなり。其の言殊なりと雖も、其の義実は同じ。蓋し皆古語なり。夫れ仁は先王の礼を制する所以なり。苟も礼を為して礼の制する所以を知らざれば、則ち徳成り難し。然れども三代の隆んなるに当たりては、士学びて成れば、則ち挙げて之を用ふ。一世の人、先王の仁に游泳し、黙して之を識る。豈に依らざる者有らんや。春秋の時に及びて、大夫官を世々にし、賢者用ひられず、先王の仁遠くして見るべからず。則ち士の先王の道を学びて独り其の身を善くする者、比比として皆是れなり。是に於いてか遂に其の仁を忘れて、徒らに以て芸と為す。徳の成り難き所以なり。故に孔子教ふるに仁に依るを以てす。亦た衰世の意なり。豈に礼の外に出でんや。然れども先王の仁見るべからざる者、其の今世に在りては、亦た春秋の時より甚だし。則ち仁礼の二言、永く千万世心を治むるの道為り。学者諸を思へ。
現代語訳
孔子は「仁に依る」と言い、また「顔回はその心が三か月も仁に違わない」と言った。これは孔子が学ぶ者に教えて、その心をいつも先王の民を安んじる徳に依らせ、離れないようにさせたのである。また「仁を選んでそこに身を置かなければ、どうして知者といえようか」と言ったのは、心を仁に置くことを言っている。言葉は違っても意味は同じで、みな古い言葉である。そもそも仁は、先王が礼を定めた理由である。礼を行っても礼が定められた理由を知らなければ、徳は成りにくい。しかし夏・殷・周の盛んな時代には、士が学んで成れば取り立てて用いられたので、世の人はみな先王の仁の中を泳ぎ、黙って会得していた。依らない者などいなかった。春秋時代になると、大夫が官職を世襲し、賢者は用いられず、先王の仁は遠くて見えなくなった。そこで士で先王の道を学んで自分ひとりを善くする者がどこにでもいるようになり、ついに仁を忘れて、ただの技芸としてしまった。徳が成りにくいのはそのためである。だから孔子は「仁に依れ」と教えた。これも衰えた世の意図である。礼の外に出るものではない。しかし先王の仁が見えないことは、今の世では春秋時代よりも甚だしい。だから仁と礼の二語は、永く千万世にわたって心を治める道なのである。学ぶ者はよく考えよ。
解説
この章句が説くこと
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