洗心洞箚記 / 卷上・第百三條
諸儒有史論、而周程陽明先生等、及史論亦罕焉、何也、夫古今之英雄豪傑、多從情欲上做來、雖從情欲上做來、則驚天動地之大功業、要夢中之伎倆而已、評夢之是非、明道君子之所不欲言、而是所以史論之亦罕也歟、故周程陽明先生終日所言所論、惟喚醒自英雄豪傑至閭巷愚夫婦之昏夢而已耳、讀其書、可見其苦心甚乎諸儒之史論也、致良知三字、其殺人之寸鐵矣乎、
新字:諸儒有史論、而周程陽明先生等、及史論亦罕焉、何也、夫古今之英雄豪傑、多従情欲上做来、雖従情欲上做来、則驚天動地之大功業、要夢中之伎倆而已、評夢之是非、明道君子之所不欲言、而是所以史論之亦罕也歟、故周程陽明先生終日所言所論、惟喚醒自英雄豪傑至閭巷愚夫婦之昏夢而已耳、読其書、可見其苦心甚乎諸儒之史論也、致良知三字、其殺人之寸鉄矣乎、
書き下し
諸儒に史論有り、而して周程陽明先生等は、史論に及ぶこと亦罕なり、何ぞや。夫れ古今の英雄豪傑は、多く情欲の上より做し来る。情欲の上より做し来れば、則ち天を驚かし地を動かすの大功業も、要するに夢中の伎倆のみ。夢の是非を評するは、明道の君子の言ふを欲せざる所にして、是れ史論の亦罕なる所以なるか。故に周程陽明先生の終日言ふ所論ずる所は、惟だ英雄豪傑より閭巷の愚夫婦に至るまでの昏夢を喚醒するのみ。其の書を読めば、其の苦心の諸儒の史論よりも甚だしきを見るべきなり。致良知の三字は、其れ人を殺すの寸鉄なるか。
現代語訳
多くの儒者には史論(歴史評論)があるが、周子(周敦頤)・二程・陽明先生たちが史論に及ぶことはまれである。なぜか。そもそも古今の英雄豪傑は、多くは情欲の上から事をなしてきた。情欲の上からなしたのであれば、天を驚かし地を動かす大功業も、つまりは夢の中の技にすぎない。夢の是非を評するのは、道を明らかにする君子の言いたがらないことであり、それが史論もまれであるわけではなかろうか。だから周・程・陽明先生が一日じゅう言い論じたのは、ただ英雄豪傑から町の愚かな夫婦に至るまでの迷いの夢を呼び覚ますことだけであった。その書を読めば、その苦心が諸儒の史論よりもはるかに深いことが分かる。致良知の三字は、人を殺す寸鉄(一突きで急所を刺す小さな刃)であろうか。
解説
この章句が説くこと
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『洗心洞箚記』卷上・第百十一條利欲紛挙するの時に当りて、致良知を以て斆学と為すは、実に迂愚に庶し。然り而して之を舎つれば以て復た性を為す人の道無し。故に天地の為に心を立て、万世の為に太平を開くの志有る者に非ずんば、孰か能く真に之を斆学せんや。故に姚江の師弟の外、未だ嘗て其の人を見ざるなり。
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『洗心洞箚記』卷下・第三十五條致良知の学は、但だ人を欺かざるのみならず、先づ自ら欺く毋きなり。而して其の功夫は屋漏より来たり、戒慎と恐懼と、須臾も之を遺るべからざるなり。一旦豁然として天理を心に見れば、即ち人欲氷釈凍解す。是に於いて当に洒脱の妙此に超ゆる者無きを知るべし。而して世人、人を欺き自ら欺く。是れ習俗と為る。父の子を養ひ、子の父に事へ、君の臣を使ひ、臣の君に事ふるも亦是に於いてし、夫婦・長幼・朋友より、師弟の教学に至るまで、皆然らざる莫し。故に遽かに之に致良知の事を語れば、則ち駭きて走る者有り、悪みて仇とする者有り、嘲りて棄つる者有り、笑ひて避くる者有り、桎梏を以て之を視る者有り、縲絏を以て之に比する者有り。故に良知の学、天下に亡びて伝はらず。只其の伝はらざるや、人も亦聖賢の域に躋るを得ずして、皆夢生酔死の場に擾擾たり。豈に悲しむべきに非ずや。若し先覚者有らば、万死を犯して疾く告げざるを得ざるなり。嗚呼、後の世に当たりて、先覚者は抑々誰ぞや。吾未だ其の人を見ざるなり。噫。
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『洗心洞箚記』卷下・第百三十五條是の故に吾先づ其の天を生じ地を生ずる等の説を略し、只だ右の三条を提げて、以て子弟に告げて曰く、慾海に陥溺し、頑劣不霊なること市儈の如しと雖も、其の争ふに当たりてや、猶ほ心を欺くと曰ひ、天理無しと曰ふ。則ち良知照照然として見るべし。其の人を責めて己を責めざるは、特に利欲之を障ふるのみ。先生其の闘争中の良心を拈じて、以て反つて講学の諸君子を喚醒し、而して又字を以て教へを乞ふ聾瘂に喩し、其をして自ら其の心の良を識認せしめて、稽首再拝して以て自得せしめ、而して又坐禅僧の母を思ふの念を問ひ、之をして涕泣拝謝し鉢を挈げて帰らしむ。其の余の属官の格物に答へ、父子の訟を聴きて、以て慟哭せしむる等の事義は、既に伝習録に載す。則ち焉を閲する者必ず之を知らん。此れ皆豈に愚夫婦と同じき的の学にして、小を語れば天下能く破る莫きの真修実験に非ずや。子弟輩心の良知を致して、怠らずんば則ち終に倶に大小載破する莫きの道を得ん。吁、区区たる浮論、何ぞ辨ずるに足らんや。
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『洗心洞箚記』卷下・第百三十七條而して先生の象祠記に曰く、諸侯の卿は、天子に命ぜらる。蓋し周官の制、其れ殆ど舜の象を封ずるに倣ふか、と。是を以て之を観れば、則ち一部の周官先生の胸中に融化して、其の保甲の制は、大抵司徒の比閭族党を損益す。練士行軍、苗夷を征勦し、宸濠を平治するが如きは、則ち人皆以て孫呉の余智に出づと為して、其の夏官大司馬の法を握りて、参伍錯綜して以て之を変化し、而して慎独より出づるを知らざるなり。嗟乎、真に良知を致すの大学問は、偏滞拘迂なる者の能く窺ふ所に非ざるなり。
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『洗心洞箚記』卷下・第二條清の孫蘇門・黄黎洲・李二曲三大儒の学は、独り姚江より来たるのみに非ず、毛西河・施愚山・朱竹垞の諸老先生も、皆亦姚江の流派の人なり。世、其の詩文著作の多きを以て、致良知の学に非ずと為す。是れ皆其の書を研究せざるの誤りなり。故に之を語りて以て子弟の蔀を牖く。
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『洗心洞箚記』卷下・第六條毛西河先生曰く、良知は孟子に出づ、原より疑ふべき無し。特に文成、此を提げて直ちに堯舜孔孟の学に従ひ、宋学と相反する処に、此の二字を掲ぐ。特だに文成の領要を得て、聖域に優入するのみならず、且つ苗を化して験実有り、則ち功を万世に有する者なりと。西河の陽明先生を推尊すること即ち此の如し。而して其の致良知以誠意の学、之を高笠先生に私淑し、終に了悟有り。其の証文知本等の書に於いて見るべし。只其の宋学と相反すと謂ふの一語は、乃ち過激なり。程朱何ぞ曾て良知を廃せん。学人平心に其の遺書文集を読めば、則ち往往説き出だすを見るべし。只陽明先生の事事之を説くが如きに非ざるのみ。然らば則ち奚の相反すること之れ有らん。故に学は平心に之を講ずるを貴ぶ。
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