洗心洞箚記 / 卷上・第九十九條
陳子平勉學詩、咏烈女夏侯氏之事曰、引刀斷耳鼻、見義不見刀、見義不見刀之五字、爲男子者、宜常目在之、不常目在之、以悠悠虛度、則當忠孝之大變、如李泰伯袁州州學記所責、死之也甚難矣、然則遺醜名於世、而不如女子之爲烈也、後世學者、或流于詩酒風流、或耽于財貨游佚、而不知義者多矣、故不顧誹議、以告同學之人、
新字:陳子平勉学詩、咏烈女夏侯氏之事曰、引刀断耳鼻、見義不見刀、見義不見刀之五字、為男子者、宜常目在之、不常目在之、以悠悠虚度、則当忠孝之大変、如李泰伯袁州州学記所責、死之也甚難矣、然則遺醜名於世、而不如女子之為烈也、後世学者、或流于詩酒風流、或耽于財貨游佚、而不知義者多矣、故不顧誹議、以告同学之人、
書き下し
陳子平の勉学の詩に、烈女夏侯氏の事を咏じて曰く、刀を引きて耳鼻を断ち、義を見て刀を見ず、と。義を見て刀を見ずの五字、男子たる者、宜しく常に目之に在るべし。常に目之に在らずして、以て悠悠として虚しく度れば、則ち忠孝の大変に当りて、李泰伯の袁州州学記に責むる所の如く、之に死すること甚だ難し。然らば則ち醜名を世に遺して、女子の烈為るに如かず。後世の学者、或は詩酒風流に流れ、或は財貨游佚に耽りて、義を知らざる者多し。故に誹議を顧みず、以て同学の人に告ぐ。
現代語訳
陳子平の「勉学」の詩に、烈女夏侯氏のことを詠んで「刀を取って自ら耳と鼻を断ち、義を見て刀を見ず」とある。この「義を見て刀を見ず」の五字は、男子たる者が常に目をそこに置いておくべきものである。常に目をそこに置かず、のんびりとむなしく日を過ごしていれば、忠孝の大変事に当たったとき、李泰伯(李覯)の「袁州州学記」が責めているように、そのために死ぬことは非常に難しい。そうなれば醜い名を世に残し、女子の烈しさにも及ばない。後世の学者には、詩や酒の風流に流れたり、財貨や遊びに耽ったりして、義を知らない者が多い。だから人のそしりを顧みずに、同学の人々に告げるのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『五常訓』巻之四・義是行ふ所は善にして、王道に似たれども、内心には、国土を得んと思へる利欲ありて、偽て仁義を行へるなり。是を覇道と云ふ。斉の桓公、晋の文公などの行へるわざなり。是亦義と利とのわかちなり。学者のなす所も、是に同じ。孔子曰く、古の学者は己の為にす。是ひとへに、身ををさめん為にせし学問にて、義なり。又曰く、今の学者は人の為にす。是人にほめられ、名を得んためにする学問なれば、利なり。しかれば、王伯のわかちも、君子小人の分も、学問の実否も、皆義と利との二よりわかる。
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『囲炉夜話』第百四十六則・命を捨て得ざれば忠臣と爲ること能はず錢を捨て得ざれば、義士と爲ること能はず。命を捨て得ざれば、忠臣と爲ること能はず。
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『驢鞍橋』卷下一日、僧問ふ、師の法は義一つと承る、義は如何か守らんや。師はつたと睨んで曰く、義と云ふは、ぐつと死ぬこと也。
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『文武訓』武訓上一士たる者、戦にのぞんで身を捨つることはかたからず。血気の勇は盗賊もよくするものなり。只身を捨てて義にかなふことかたし。故に、死ぬべからずして死ぬるは、是其身をかろんず。父母よりうけし身をいたづらにするは不孝なり。死ぬべくして死なざるは、是其死をおそれ、命ををしみて君の為にせず、不忠なり。是李太白が言なり。年わかく血気さかんなる人、勇をこのまば、忠孝の道を知りて、生死只義にかなふべし。学問なければ忠孝の道を知らず、死ぬべくして死なず。いやしむべし。死ぬべからずして死ぬ、かなしむべし。勇怯ことなれども、義理にそむけることは一なり。武士は、学問して義理を知れば、死生する理にかなふ。
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『童子問』卷上問ふ、忠信は固より美徳たり。然れども信を好みて学を好まざれば、其の蔽や賊なり。則ち又未だ必ずしも蔽無からず。曰く、然り。語に曰く、「信、義に近ければ、言復むべし」と。孟子曰く、「大人は、言必ずしも信ならず、行ひ必ずしも果ならず、唯義の在る所のままにす」と。蓋し徒に信を好みて義に合はざれば、必ず道を害す。然れども十分に通徹し、必ず忠に必ず信にして、而る後に以て此の言を為すべし。若し内に忠信を尽くさず、少しの疎漏有れば、則ち先づ義を併せて之を失ふ。何の学問か之有らん。蓋し物に接するの間、欺かず詐らず、十分真実にして、堅く執りて回らざる、忠信の謂なり。千変万化、機に臨みて宜しきを制し、取捨失はざる、義の功なり。忠信は万事の根本、義は学問の大用なり。故に学者は当に忠信を以て基と為して、義以て之を制すべし。故に曰く、「忠信を主とし義に従ふは、徳を崇くするなり」と。夫子も亦嘗て曰く、「十室の邑、必ず忠信丘が如き者有らん。丘の学を好むに如かざるなり」と。忠信は固より美徳たり、然れども学びて以て之を成さざれば、則ち善と為すに足らざるを言ふなり。此れ亦学者の当に慮りを弾くすべき所なり。
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『童子問』卷下問ふ、曾子子襄に語りて曰く、自ら反みて縮ければ、千万人と雖も吾往かんと。夫子史魚を称して曰く、直なるかなと。亦前に論ずる所と相反す。如何。曰く、是れ勇の為なり。勇は義の発なり。義は聖人の大用なり。然れども義を好む者は必ず命を犯し、命を言ふ者は義を尽くさず。義命合一する、是れを君子の全徳と為す。大勇有り大義有りて、韜晦含蔵し、形跡を露さざる者に非ざれば、則ち与に君子の域に入るに足らず。是れ学問の準的と為す。区区たる諸生の能く識る所に非ざるなり。故に至道は竝び行はれて相悖らずして、学問の極功と為る。難いかな。
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