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洗心洞箚記 / 卷上・第九十七條

曾子之大杖小杖、有孝德而無敏德、故貶于夫子、舜之完廩浚井、有孝德、又有敏德、故稱于萬世、人如無敏德、則孝亦爲不孝矣、是以師氏以此爲敎、良有以哉、敏德何以就焉、人無欲卽敏德矣、別無敏德之工也、

新字:曽子之大杖小杖、有孝徳而無敏徳、故貶于夫子、舜之完廩浚井、有孝徳、又有敏徳、故称于万世、人如無敏徳、則孝亦為不孝矣、是以師氏以此為教、良有以哉、敏徳何以就焉、人無欲即敏徳矣、別無敏徳之工也、

書き下し

曾子の大杖小杖は、孝徳有りて敏徳無し、故に夫子に貶せらる。舜の完廩浚井は、孝徳有り、又敏徳有り、故に万世に称せらる。人如し敏徳無くんば、則ち孝も亦不孝と為る。是を以て師氏此を以て教と為す、良に以有るかな。敏徳は何を以て就らんや。人欲無ければ即ち敏徳なり。別に敏徳の工無きなり。

現代語訳

曾子が父の大きな杖も小さな杖も避けずに打たれたのは、孝徳はあったが敏徳がなかった。だから夫子(孔子)にとがめられた。舜が穀倉の修理や井戸さらいで(父と弟に殺されかけて)逃れたのは、孝徳があり、さらに敏徳もあった。だから万世に称えられる。人にもし敏徳がなければ、孝もまた不孝となる。だから師氏がこれを教えとしたのは、まことに理由のあることだ。敏徳はどうすれば身につくのか。人欲がなければそれがそのまま敏徳である。別に敏徳のための工夫があるわけではない。

解説

二条を束ねた。曾子が父に打たれて気を失い、孔子に「小棰は受け、大杖は逃げよ」と叱られた話と、『孟子』万章上の、舜が父と弟の謀殺を機転で逃れつつ孝を尽くした話を対比する。敏徳は『周礼』師氏の三徳の一つで、事に応じて機敏に正しく動く徳である。孝心があっても、親に子殺しの罪を負わせかねない愚直は不孝になる。そして敏徳は特別な術ではなく、人欲がないことそのものだと言い切る。思いが純でも判断が硬直すれば相手を害する。私欲がなければ判断は自ずと素早く的確になる。

この章句が説くこと

孝敏徳人欲周礼曽子判断

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