驢鞍橋 / 卷下
一日、僧問ふ、師の法は義一つと承る、義は如何か守らんや。師はつたと睨んで曰く、義と云ふは、ぐつと死ぬこと也。
書き下し
一日、僧問ふ、師の法は義一つと承る、義は如何か守らんや。師はつたと睨んで曰く、義と云ふは、ぐつと死ぬこと也。
現代語訳
ある日、僧が尋ねた。師の法は義一つと承ります。義はどのように守ればよいでしょうか。師ははったと睨んで言われた。義というのは、ぐっと死ぬことである。
解説
師の教えは義一つだと聞いたが、義はどう守ればよいか、と問う僧を、正三ははったと睨みつけ、義とは、ぐっと死ぬことだ、と一言で答える。筋を通すとは、最後には命を懸けることであり、それ以外に守り方はない。第百八十七条(下巻)で、始めから終わりまで要るのは義だと言った教えの、究極の一言である。問いに理屈で答えず、覚悟そのものを突きつける、正三らしい応答である。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
義死覚悟一言筋を通す核心
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