驢鞍橋 / 卷下
一日、僧問ふ、師の法は義一つと承る、義は如何か守らんや。師はつたと睨んで曰く、義と云ふは、ぐつと死ぬこと也。
書き下し
一日、僧問ふ、師の法は義一つと承る、義は如何か守らんや。師はつたと睨んで曰く、義と云ふは、ぐつと死ぬこと也。
現代語訳
ある日、僧が尋ねた。師の法は義一つと承ります。義はどのように守ればよいでしょうか。師ははったと睨んで言われた。義というのは、ぐっと死ぬことである。
解説
師の教えは義一つだと聞いたが、義はどう守ればよいか、と問う僧を、正三ははったと睨みつけ、義とは、ぐっと死ぬことだ、と一言で答える。筋を通すとは、最後には命を懸けることであり、それ以外に守り方はない。第百八十七条(下巻)で、始めから終わりまで要るのは義だと言った教えの、究極の一言である。問いに理屈で答えず、覚悟そのものを突きつける、正三らしい応答である。
この章句が説くこと
義死覚悟一言筋を通す核心
関連する章句
-
『驢鞍橋』卷下一日去る人疱瘡には不浄を嫌ふと云ふを次に、一僧語て曰く、肥前の国多久何某と云ふ人、疱瘡半に嶋原浜の城に出陣せんとす。親類とも大事の病を持ちなから、彼に至るとも、何の用にか立つへきと頻に是れを留む。彼者曰く、厚思に預りなから、何ぞ今度の御用に立たぬと云ふこと有らんや。若し途中にて死せば本望也と云て出陣す、冬陣なれば、寒気甚しけれども、衣を重ることもなく、夜白共に具足計の体にて、養生と云ふこともせず、況して不浄を忌むと云ふこともせざりしかども、結句早く本復して、其陣に忠を尽くされたり。然る則んば、還た指て不浄を嫌ふとも云はれぬこと也と云ふ。師聞て曰く、君の為めに一命を捨てたる程、清浄なること有らんや。義の為めにづんと捨切つたる人ならば、疱瘡の神は云ふに及はす、諸天諸神も皆守護を加へ給はではと也。
-
『呻吟語』内篇・應務・義に到らば何ぞ此の頭を斷つを妨げん生まれ來たりて敢へて吾が髮を拂はず、義に到らば何ぞ此の頭を斷つを妨げん。
-
論語・子張篇子張曰く、士は危うきを見ては命を致し、得るを見ては義を思い、祭には敬を思い、喪には哀を思う。其れ可なるのみ。
-
呂氏春秋・別類④義は小しく之を為せば、則ち小しく福有り、大いに之を為せば、則ち大いに福有り。禍に於いては則ち然らず。小しく之れ有るは、其の亡きに若かざるなり。招を射る者は其の小に中つるを欲するなり。獸を射る者は其の大に中つるを欲するなり。物は固より必ならず。安んぞ推す可けんや。
-
論語・陽貨篇子曰く、唯だ上知と下愚とは移らざるなり。
-
呂氏春秋・論威①義なる者は、萬事の紀なり。君臣上下親疏の由りて起こる所なり。治亂安危過勝の在る所なり。過勝の道は、他に求むること勿し、必ず己に反る。