洗心洞箚記 / 卷上・第九十五條
說卦曰、山澤通氣、象曰、山上有澤咸、君子以虛受人、夫山也者、實物而非虛也、而澤氣徹其頂、草木滋潤生育焉、由是觀之、則不特虛爲虛、雖實物皆虛也、故君子觀其象、心歸乎太虛、以容天下之善、則天下之善、皆爲我有、豈不亦大乎、爭文字之小異同者、實同穴之鬭鼠也、然而於經世之大要、則平心不可以不辨也、
新字:説卦曰、山沢通気、象曰、山上有沢咸、君子以虚受人、夫山也者、実物而非虚也、而沢気徹其頂、草木滋潤生育焉、由是観之、則不特虚為虚、雖実物皆虚也、故君子観其象、心帰乎太虚、以容天下之善、則天下之善、皆為我有、豈不亦大乎、争文字之小異同者、実同穴之闘鼠也、然而於経世之大要、則平心不可以不弁也、
書き下し
説卦に曰く、山沢気を通ず、と。象に曰く、山上に沢有るは咸なり、君子以て虚にして人を受く、と。夫れ山なる者は、実物にして虚に非ざるなり。而るに沢の気其の頂に徹りて、草木滋潤して生育す。是に由りて之を観れば、則ち特だ虚のみ虚為るにあらず、実物と雖も皆虚なり。故に君子其の象を観て、心太虚に帰して、以て天下の善を容るれば、則ち天下の善、皆我が有と為る、豈に亦大ならずや。文字の小異同を争ふ者は、実に同穴の闘鼠なり。然り而して経世の大要に於ては、則ち心を平らかにして以て弁ぜざるべからざるなり。
現代語訳
『易』説卦伝に「山と沢とは気を通わせる」とある。咸卦の象伝に「山の上に沢があるのが咸である。君子はこれにならって、心を虚しくして人を受け入れる」とある。そもそも山は中身の詰まった物であって虚ではない。ところが沢の気が山頂まで通って、草木が潤い生い育つ。これから見れば、虚なるものだけが虚なのではなく、実なる物もみな虚である。だから君子はその象を観て、心を太虚に帰して天下の善を受け入れれば、天下の善はみなわがものとなる。なんと大きなことではないか。文字の小さな異同を争う者は、まことに同じ穴の中で喧嘩する鼠である。しかし世を治める大事については、心を平らかにして弁じなければならない。
解説
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