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都鄙問答 / 卷之四・或人神詣ヲ問之段

或問曰、吾頃日親ノ年忌ニツキ、國本ヘ參リ候所、產神ヘハマイリ申サズ候、子細ハ、此度墓參リ第一ニ存ジ、最初ニ墓マイリ致シ、身汚候ユヘ、產神ヘハ參詣イタサズ候、又神ヘ先ニ參リテハ、親ヲ疎末ニナスヤウニ存候、カヤウノコトハ如何、

新字:或問曰、吾頃日親ノ年忌ニツキ、国本ヘ参リ候所、産神ヘハマイリ申サズ候、子細ハ、此度墓参リ第一ニ存ジ、最初ニ墓マイリ致シ、身汚候ユヘ、産神ヘハ参詣イタサズ候、又神ヘ先ニ参リテハ、親ヲ疎末ニナスヤウニ存候、カヤウノコトハ如何、

書き下し

或ひと問ひて曰く、吾頃日親の年忌につき、国本へ参り候所、産神へはまいり申さず候。子細は、此度墓参り第一に存じ、最初に墓まいり致し、身汚れ候ゆへ、産神へは参詣いたさず候。又神へ先に参りては、親を疎末になすやうに存じ候。かやうのことは如何。

現代語訳

ある人が尋ねました。「先日、親の年忌のために故郷へ帰ったのですが、産土神(うぶすながみ)にはお参りしませんでした。今回は墓参りを第一と考えて最初に墓へ行き、そのために身が穢れたので、産土神への参詣は控えたのです。それに、神様に先にお参りしては親をおろそかにするように思えました。このような考えはどうでしょうか。」

解説

親の法事で帰郷した人が、墓参りを先にしたために穢れを気にして氏神への参拝をやめた、その判断を梅岩に問う場面です。神仏の作法と親への孝がぶつかったとき、どちらを優先すべきかという、江戸の町人にとって身近な悩みでした。梅岩は形式の順番そのものより、判断の物差しをどこに置くかを問い直していきます。手順の是非で迷ったとき、何のための手順かに立ち返るという、今の仕事にも通じる問いの立て方です。

この章句が説くこと

神詣年忌作法判断

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