格言聯璧 / 學問類・虚心ならざれば水を以て石に沃ぐが如し
把志氣奮發得起,何事不可做! 不虛心,便如以水沃石,一毫進入不得。 不開悟,便如膠柱鼓瑟。一毫轉動不得。 不體認,便如電光照物,一毫把捉不得。
新字:把志気奮発得起,何事不可做! 不虚心,便如以水沃石,一毫進入不得。 不開悟,便如膠柱鼓瑟。一毫転動不得。 不体認,便如電光照物,一毫把捉不得。
書き下し
志氣を把りて奮發し得て起さば、何の事か做すべからざらん。 虚心ならざれば、便ち水を以て石に沃ぐが如く、一毫も進入し得ず。 開悟せざれば、便ち柱に膠して瑟を鼓するが如く、一毫も轉動し得ず。 體認せざれば、便ち電光の物を照すが如く、一毫も把捉し得ず。
現代語訳
志と気力を奮い起こすことができれば、どんな事でもできないことがあるでしょうか。 心を虚しくしなければ、水を石に注ぐようなもので、少しも染み込みません。 悟り開けなければ、琴柱を膠で固めて瑟を弾くようなもので、少しも融通がききません。 身をもって会得しなければ、稲妻が物を照らすようなもので、少しもつかまえることができません。
解説
前の単位の「意念を沈潜し得て下らば」と対をなす志気の奮発の句から始まり、学ぶ者の三つの欠点を比喩で示す聯です。虚心でなければ石に水を注ぐように何も入らず、開悟しなければ膠柱鼓瑟、つまり琴柱を固めて調子を変えられない瑟のように融通がきかず、体認しなければ稲妻の光のように一瞬見えても手に残りません。膠柱鼓瑟は『史記』廉頗藺相如列伝に見える成語です。この比喩の列は次の単位の「躬行せざれば」まで続きます。研修や本で学んだことが身につかないとき、どの段階でつまずいているかを見分ける手がかりになります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
虚心体認学問立志柔軟
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