酔古堂剣掃 / 集素・貌は松と共に瘦す
心與竹俱空,問是非何處安覺;貌偕松共瘦,知憂喜無由上眉。
新字:心与竹倶空,問是非何処安覚;貌偕松共痩,知憂喜無由上眉。
書き下し
心は竹と俱に空し、問ふ是非何處にか覺を安んぜん。 貌は松と共に瘦す、知る憂喜の眉に上るに由無きを。
現代語訳
心は竹と同じように中が空っぽなので、是非の争いはいったいどこに足を置けばよいのかと問いたくなります。姿は松と同じように痩せて引き締まっているので、憂いも喜びも眉に上ってくるすべがないと分かります。
解説
竹と松にたとえて、是非や喜憂にとらわれない心と姿を描いた対句です。竹は中が空洞であることから、虚心、つまりわだかまりのない心の象徴とされます。心が竹のように空であれば、是非の争いは入り込む場所がありません。底本は覚に作りますが、菜根譚のほぼ同じ句では脚となっており、足を置く所という意味に読むのが自然です。松は寒さの中でも緑を保つ節操の象徴で、痩せて引き締まった姿は、欲を削ぎ落とした清らかな人柄を思わせます。そういう人の顔には、憂いや喜びが表れることがありません。周りの評価や出来事に心を奪われず、竹のように空しく、松のように凛として立つ姿は、落ち着いた大人の理想像です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
虚心竹松修身菜根譚
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