洗心洞箚記 / 卷上・第九十三條
孟子曰、有不虞之譽、有求全之毀、誠哉是言也、夫有不虞之譽、必求全之欲生於心、而外掩表飾、故毀之招、此天咎而非人謗也、我於吾躬驗之、汗濕背、爾來從事心歸乎虛、而毀譽之念、惟是務去、吾實爲虎所傷者也、謹告之同志云、
新字:孟子曰、有不虞之誉、有求全之毀、誠哉是言也、夫有不虞之誉、必求全之欲生於心、而外掩表飾、故毀之招、此天咎而非人謗也、我於吾躬験之、汗湿背、爾来従事心帰乎虚、而毀誉之念、惟是務去、吾実為虎所傷者也、謹告之同志云、
書き下し
孟子曰く、虞らざるの誉れ有り、全きを求むるの毀り有り、と。誠なるかな是の言や。夫れ虞らざるの誉れ有れば、必ず全きを求むるの欲心に生じて、外に掩ひ表に飾る、故に毀りを之れ招く。此れ天の咎にして人の謗りに非ざるなり。我吾が躬に於て之を験す、汗背を湿す。爾来心虚に帰するに従事して、毀誉の念、惟だ是れを務めて去る。吾は実に虎の為に傷つけらるる者なり。謹んで之を同志に告ぐと云ふ。
現代語訳
孟子は「思いがけない誉れがあり、完全を求めた結果の毀りがある」と言った。まことにこの言葉のとおりである。思いがけない誉れを受けると、必ず完全であろうとする欲が心に生じて、外を覆い表を飾る。だから毀りを招くのである。これは天のとがめであって、人の誹謗ではない。私はこれをわが身で体験し、冷や汗が背中を濡らした。それ以来、心を虚に帰すことに努め、毀誉の念をひたすら取り去ろうと努めてきた。私は本当に虎に傷つけられたことのある者である。謹んでこれを同志に告げる。
解説
『孟子』離婁上の「不虞の誉れ有り、全きを求むるの毀り有り」を、自らの体験から読み解く。思いがけず褒められると完璧であろうとする欲が生じ、取り繕いが毀りを招く、それは天の咎めだという。虎に傷つけられた者は虎の恐ろしさを真に知るという程子の真知の話を踏まえ、自分は身をもって知ったと告白する。大坂町奉行所の与力として名を上げた中斎の、実感のこもった条である。思わぬ評価を得た後こそ危うい。評判を守ろうと飾り始めたときに、人は崩れ始める。
この章句が説くこと
毀誉虚心太虚孟子真知修己
関連する章句
-
言志四録・言志晩録 第五条 胸次虚明なれば感応神速胸次虚明なれば、感応神速なり。
-
言志四録・言志晩録 第二百四十五条 己の短処を挙げて人に詢ふ己の長処を言はず、己の短処を護らず。宜しく己の短処を挙げ、虚心以て諸を人に詢ふべくして可なり。
-
『格言聯璧』學問類・虚心ならざれば水を以て石に沃ぐが如し志氣を把りて奮發し得て起さば、何の事か做すべからざらん。 虚心ならざれば、便ち水を以て石に沃ぐが如く、一毫も進入し得ず。 開悟せざれば、便ち柱に膠して瑟を鼓するが如く、一毫も轉動し得ず。 體認せざれば、便ち電光の物を照すが如く、一毫も把捉し得ず。
-
『酔古堂剣掃』集素・貌は松と共に瘦す心は竹と俱に空し、問ふ是非何處にか覺を安んぜん。 貌は松と共に瘦す、知る憂喜の眉に上るに由無きを。
-
『慎思録』巻之五古昔先正の言を立つる、若し両説同じからずして、倶に義理有る者は、是れ亦各一理を発明するのみ。偏廃すべからず。苟も虚心に玩味し、各文意に随ひて、其の理の在る所を求むれば、則ち当に並び行はれて悖らざるべし。其の同じからざる処も、亦自ら相妨げず。己の意を以て横に主張を作して、妄りに之を是非すべからず。是れ邪正是非曲直を辨ずる者とも亦自ら別なり。
-
言志四録・言志耋録 第百八条 実功虚心心体は虚を尚び、事功は実を尚ぶ。実功虚心は、唯だ賢者のみ之を能くす。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る