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洗心洞箚記 / 卷上・第九十條

周官冢宰、掌飮食貨財及嬪御之制、則以修君德爲第一義也、然非第一義矣、此皆多其成長踐位後之事、而潛化默導於東宮者、其惟在一師氏乎、其至敏孝之三德、卽修齊治平之本也、爲儒者不可不知斯義也、否則雖用于世、惟事末而遺本、要歸乎王荊公之唾餘而已、故先儒懲其事末而遺本者、以爲有關雎麟趾之意、然後可行周官之法度、此雖如周官之定論、而非定論也、何則至敏孝之三德、其亦關雎麟趾之源也、無其源、則其流何能爲澄淸哉、故吾每曰、不本周官制度以立法導君、則關雎麟趾之德難成矣、非乎、

新字:周官冢宰、掌飲食貨財及嬪御之制、則以修君徳為第一義也、然非第一義矣、此皆多其成長践位後之事、而潜化黙導於東宮者、其惟在一師氏乎、其至敏孝之三徳、即修斉治平之本也、為儒者不可不知斯義也、否則雖用于世、惟事末而遺本、要帰乎王荊公之唾余而已、故先儒懲其事末而遺本者、以為有関雎麟趾之意、然後可行周官之法度、此雖如周官之定論、而非定論也、何則至敏孝之三徳、其亦関雎麟趾之源也、無其源、則其流何能為澄清哉、故吾毎曰、不本周官制度以立法導君、則関雎麟趾之徳難成矣、非乎、

書き下し

周官の冢宰は、飲食貨財及び嬪御の制を掌る、則ち君徳を修むるを以て第一義と為すなり。然れども第一義に非ず。此れ皆多くは其の成長し位を践みし後の事にして、潜かに化し黙して東宮に導く者は、其れ惟だ一の師氏に在るか。其の至敏孝の三徳は、即ち修斉治平の本なり。儒者たる者は斯の義を知らざるべからざるなり。否ずんば世に用ひらると雖も、惟だ末を事として本を遺し、要するに王荊公の唾余に帰するのみ。故に先儒其の末を事として本を遺す者を懲らして、以為へらく関雎麟趾の意有りて、然る後に周官の法度を行ふべし、と。此れ周官の定論の如しと雖も、定論に非ざるなり。何となれば則ち至敏孝の三徳は、其れ亦関雎麟趾の源なり。其の源無ければ、則ち其の流何ぞ能く澄清たらんや。故に吾毎に曰く、周官の制度に本づきて以て法を立て君を導かずんば、則ち関雎麟趾の徳成り難し、と。非なるか。

現代語訳

『周官』(周礼)の冢宰(宰相)が君の飲食・財貨および后妃の制度をつかさどるのは、君の徳を修めることを第一義とするからである。しかしそれは第一義ではない。これらはみな多くは君が成長して位に即いた後の事であって、ひそかに感化し、黙って東宮(皇太子)を導くのは、ただ一つ師氏の職にあるのではないか。師氏が教える至徳・敏徳・孝徳の三徳こそ、修身・斉家・治国・平天下の本である。儒者たる者はこの意味を知らなければならない。そうでなければ世に用いられても、ただ末を事として本を忘れ、つまるところ王荊公(王安石)の唾の残りに帰するだけである。だから先儒は末を事として本を忘れる者を戒めて、「関雎・麟趾(『詩経』に詠われた后妃や公子の美徳)の意があってはじめて周官の法度を行うことができる」とした。これは周官についての定論のようだが、定論ではない。なぜなら至・敏・孝の三徳は、関雎・麟趾の源でもあるからである。源がなければ、その流れがどうして澄むことができようか。だから私はいつも言う、「周官の制度にもとづいて法を立て君を導かなければ、関雎・麟趾の徳は成りがたい」と。間違っているだろうか。

解説

『周礼』で君の生活を管理する冢宰の職よりも、太子を教える師氏の職こそが君徳の本だと説く。師氏は至徳・敏徳・孝徳の三徳を国子に教える官で、中斎はこれを修斉治平の本とする。周礼を掲げて改革しながら本を欠いた王安石の新法を戒め、さらに「関雎麟趾の意あって後に周官の法度を行うべし」という程顥の言葉にも、三徳こそ関雎麟趾の源だと反論する。制度より先に人を育て、その育成自体を制度に組み込めという主張である。後継者育成を仕組みとして持つ組織が強いことに通じる。

この章句が説くこと

君徳教育周礼敏徳修身王安石

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