洗心洞箚記 / 卷上・第八十八條
聽於無聲、視於無形、子之事親、致情盡心、乃至如此、則庶乎孝矣、如臣於君、其志在聽於無聲、視於無形者、多是便嬖奸佞之小人、而決非忠臣義士也、事親與事君之別、於是焉可見矣、然而子聽於無聲、視於無形、以養親志者、天下鮮、而臣聽於無聲、視於無形、以逢君惡者、天下多矣、此可慨也、孟子曰、仕則慕君、不得於君則熱中、嗚呼、斯言也、鑑鄙夫之肝腸者也、夫熱中、雖如忠乎君而非忠焉、是乃爲非利於己而已、
新字:聴於無声、視於無形、子之事親、致情尽心、乃至如此、則庶乎孝矣、如臣於君、其志在聴於無声、視於無形者、多是便嬖奸佞之小人、而決非忠臣義士也、事親与事君之別、於是焉可見矣、然而子聴於無声、視於無形、以養親志者、天下鮮、而臣聴於無声、視於無形、以逢君悪者、天下多矣、此可慨也、孟子曰、仕則慕君、不得於君則熱中、嗚呼、斯言也、鑑鄙夫之肝腸者也、夫熱中、雖如忠乎君而非忠焉、是乃為非利於己而已、
書き下し
声無きに聴き、形無きに視る、子の親に事ふる、情を致し心を尽すこと、乃ち此の如きに至れば、則ち孝に庶し。如し臣の君に於ける、其の志声無きに聴き、形無きに視るに在る者は、多くは是れ便嬖奸佞の小人にして、決して忠臣義士に非ざるなり。親に事ふると君に事ふるとの別、是に於て見るべし。然り而して子の声無きに聴き、形無きに視て、以て親の志を養ふ者は天下に鮮く、臣の声無きに聴き、形無きに視て、以て君の悪に逢ふ者は天下に多し。此れ慨くべきなり。孟子曰く、仕ふれば則ち君を慕ひ、君に得られざれば則ち熱中す、と。嗚呼、斯の言や、鄙夫の肝腸を鑑みる者なり。夫れ熱中は、君に忠なるが如しと雖も忠に非ず、是れ乃ち己を利せざるが為のみ。
現代語訳
声のないところに聴き、形のないところに見る。子が親に仕えるとき、情を尽くし心を尽くしてここまで至れば、孝に近い。もし臣が君に対して、声のないところに聴き形のないところに見ることを志すなら、それは多くは君のそばで寵を得る奸佞の小人であって、決して忠臣義士ではない。親に仕えることと君に仕えることの違いは、ここに見ることができる。ところが、子が声なきに聴き形なきに見て親の志を養う者は天下に少なく、臣が声なきに聴き形なきに見て君の悪に迎合する者は天下に多い。これは嘆かわしいことである。孟子は「仕えれば君を慕い、君に用いられなければ焦って心が熱くなる」と言った。ああ、この言葉は卑しい人間の腹の中を映し出す鏡である。そもそも熱中は、君に忠であるかのように見えて忠ではない。それはただ自分の利にならないからにすぎない。
解説
この章句が説くこと
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