洗心洞箚記 / 卷上・第八十六條
孔氏之畜狗死、使子貢埋之以敝蓋、而貧無蓋、乃予之席、毋使其首陷焉、此所以語小天下莫能破焉也、而聖人於埋畜也、不使僕隷、而使高第端木氏、似甚過重矣、吾嘗疑之、乃因家犬死、而始覺使高第之不重矣、吁、
新字:孔氏之畜狗死、使子貢埋之以敝蓋、而貧無蓋、乃予之席、毋使其首陥焉、此所以語小天下莫能破焉也、而聖人於埋畜也、不使僕隷、而使高第端木氏、似甚過重矣、吾嘗疑之、乃因家犬死、而始覚使高第之不重矣、吁、
書き下し
孔氏の畜狗死す、子貢をして之を埋むるに敝蓋を以てせしむ。而るに貧にして蓋無し、乃ち之に席を予へ、其の首をして陥らしむる毋かれ、と。此れ小を語れば天下能く破る莫き所以なり。而して聖人の畜を埋むるや、僕隷をしてせしめずして、高第の端木氏をしてせしむ、甚だ過重なるに似たり。吾嘗て之を疑ふ。乃ち家犬の死するに因りて、始めて高第をしてせしむるの重からざるを覚る。吁。
現代語訳
孔子の飼い犬が死んだとき、子貢に古い車の幌で包んで埋めさせようとした。しかし貧しくて幌がなかったので、筵を与え、その頭が土に埋もれ落ちることのないようにさせた。これこそ『小を語れば天下にこれを破れるものはない』というところである。そして聖人が飼い犬を埋めるのに、召使いにさせず、高弟の端木氏(子貢)にさせたのは、ひどく大げさすぎるように見える。私はかつてこれを疑っていた。ところがわが家の犬が死んだことで、はじめて高弟にさせたのが大げさでなかったと悟った。ああ。
解説
『礼記』檀弓下に見える、孔子が飼い犬の死に際して子貢に筵で包んで丁寧に埋めさせた話を取り上げ、『中庸』の「小を語れば天下能く破る莫し」、すなわち小事にまで行き届く聖人の道の例とする。なぜ高弟に任せたのか疑っていた中斎は、自分の家の犬の死で初めて腑に落ちたと書く。書物の理解が実際の経験で身に響く瞬間を正直に記した条で、次条の子産論につながる。小さな仕事を誰に頼むかにも、相手と事への敬意が表れる。小事を軽んじない心が信頼を作る。
この章句が説くこと
仁小事孔子礼記中庸経験
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『弁名』學然りと雖も、先王の道は民を安んずる所以なり。故に先王の道を学びて、其の然る所以を知らざれば、則ち学成るを得べからず。故に孔門の教は必ず仁に依る。苟くも其の心常に先王の民を安んずるの徳に依り、造次にも是に於てし、顚沛にも是に於てし、終食の間も敢へて之と離れずんば、則ち徳の成るや速かにして、以て先王の心に達すべきなり。然りと雖も、先王の民を安んずるの徳は大なり。故に孔門の教は又必ず中庸に依る。所謂孝弟忠信是なり。辟へば高きに登るに必ず卑きよりし、遠きに行くに必ず邇きよりするが如し。此に由りて以て進めば、庶はくは以て高明広大の域に馴致するに足らん。其の説は論語・中庸に具はる。学者の当に力を竭すべき所なり。
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『五常訓』巻之二・仁之上一人の禽獣にことなるは、仁あるを以てなり。五常五倫百行万善、皆仁よりいづ。故に仁の理至て尊く、至て大なり。我がともがら凡愚の知りがたき事なれば、たやすく言はんこと、いとかたはらいたくこそ聞ゆべけれ。されど学びがてらに古人の説をあつめ、不幸にして書を読まざる人のために、いささか試に其大義の万一をいはん。ただ誤おほからん事をおそるるのみ。中庸に曰く、仁は人なり、親を親しむを大なりと為す。孟子も亦曰く、仁なる者は人なり。又曰く、仁は人の心なりと。言ふ意は、天地の恵大にして、よく万物を生じ給ふ。其理を生理と云ふ。生理とて、天理の生々て、よく物を生ずるを云ふ。此生理を人の身に生れつきたる故に、人の身に、恵の心智中にみちみちて、よく物をあはれむ。
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『五常訓』巻之二・仁之上仁の性にしたがへば、五倫を愛する道自ら行はる。中庸に、性にしたがふを道と云ふ、是なり。仁は性なり。五倫を愛するは道なり。天地より生れつきたる仁の性にしたがひて、五倫の道を行ふが、天地につかへ奉る孝にて、人の道なり。是即仁なり。人の道とする所、さらに此外に有るべからず。次に禽獣草木を愛するも、亦仁の内の事なり。天地は万物の父母なれば、人倫を愛し、次に万物を愛するも、亦天地につかふる道なり。
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『弁名』恕恕の解は論語に見ゆ。「己の欲せざる所は、人に施すこと勿かれ」と曰ふ、是れなり。此の八字、一たびは仲弓に答ふるに見ゆ、是れ正文なり。再び子貢に答ふるに見ゆ、是れ註の正文に入るなり。上文に「其れ恕か」と曰ふ。論語を伝ふる者、乃ち此の八字を以て恕の字を解するのみ。故に中庸に「忠恕は道を違ること遠からず。諸を己に施して願はざれば、亦た人に施すこと勿かれ」と曰ふ、是れなり。祇だ恕は文に於いて、心の如くするを恕と為す。故に己の欲する所、以て人に施すも、亦た恕なり。然れども其の事広大にして、学者の能くする所に非ず。且つ人心同じからず、欲する所或いは殊なる。故に止だ己の欲せざる所を以て之を言ふのみ。孔子曰く、「能く近く譬へを取る。仁の方と謂ふべきのみ」と。近く諸を己が心に譬ふ、是れ恕なり。仁者は己立たんと欲して人を立て、己達せんと欲して人を達す。是れ乃ち未だ之を立て之を達すること能はざれば、則ち僅かに其の欲せざる所を施さざるのみ。故に仁の方と曰ふなり。
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『弁名』孝悌孝弟忠信は、孔門蓋し之を中庸と謂ふ。其の甚だしくは高からず、人皆行ふべきの事為るを以てなり。故に先王の道を学ぶは、必ず孝弟より始む。諸を辟ふれば、高きに登るは必ず卑きよりし、遠きに行くは必ず邇きよりするがごとし。孟子曰く、「堯舜の道は孝弟のみ」と。是れ之の謂なり。其の以て仁賢の徳に馴致すべきを謂ふなり。然りと雖も、後儒論説を喜ぶこと甚しく、遂に仁孝を以て之を一にす。非なり。孝は自ら孝、仁は自ら仁。君子は一を挙げて以て百を廃するを悪む。仮使一孝にして足らば、則ち江革・王祥既に聖人為らん。故に孔子曰く、「行ひて余力有れば、則ち以て文を学べ」と。孝弟有りと雖も、学ばずんば未だ郷人たるを免れざるを言ふなり。是れ又学者の当に知るべき所なり。然りと雖も、周官の師氏、既に至徳・敏徳を立てて、以て一切を尽くすに足れども、更に孝徳を立てて以て之を教ふ。見るべし、它の不善有りと雖も、苟も孝徳有らば、則ち先王の取る所なるを。先王の孝を重んずること是の若きかな。
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『徂徠先生答問書』卷中君子の道も是を土台といたし候事は、君子の道は仁にて候。仁は国天下の民を安じ候事にて、もと人の上たるものの道にて候。孝弟忠信中庸の徳行は、分に相応にたれにてもなり申候事にて、上たる人ばかりの道にては無御座候。孝は父母を養ひ安んずる道にて候。弟は兄弟を養ひ安んずる道にて候。忠は君につかへて君を安んじ養ふ道にて候。信は朋友を安んじ養ふ道にて候。されば何れも皆仁の小わりと可被思召候。たゞ人々の量の大小御座候故、大量の人ならでは仁をわが任といたし候事なりがたく候。量の大小にかゝはらず、たれにても仁の心をおこなひ候事は、孝弟忠信中庸の徳行と可被思召候。是により孝弟忠信を土台といたし、是よりのぼり候へば、君子の仁もよく相応いたし、齟齬いたし候所無御座候。若又孝弟忠信を土台といたさず候て、国天下を安んずるわざをのみ求め候はゞ、却て邪術にはせ候あやまりも出来可申事故、子思などの書を作り其ふせぎをいたされ候事にて御座候。たゞ量の大小に随ひ教の名目は別にて候得共、道は一箇の道にて更に別の道は無御座候。よく〳〵御工夫可被成候。以上。
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