洗心洞箚記 / 卷上・第八十一條
不知太虛之理、而精筭草木之花、又縷析其蕊、細看玉石之文、又纖別其理、便是日亦不足、勞而無功、有學之類此者、不可不知也、如亦了得太虛之理、則萬物皆在其中矣、花蕊文理也者、其陶鑄之所使然也、故精筭與縷析、細看與纖別、不勞而見其效矣、
新字:不知太虚之理、而精筭草木之花、又縷析其蕊、細看玉石之文、又繊別其理、便是日亦不足、労而無功、有学之類此者、不可不知也、如亦了得太虚之理、則万物皆在其中矣、花蕊文理也者、其陶鋳之所使然也、故精筭与縷析、細看与繊別、不労而見其効矣、
書き下し
太虚の理を知らずして、精しく草木の花を算へ、又其の蕊を縷析し、細かに玉石の文を看、又繊かに其の理を別つ、便ち是れ日も亦足らず、労して功無し。学の此に類する者有り、知らざるべからざるなり。如し亦太虚の理を了得すれば、則ち万物皆其の中に在り。花蕊文理なる者は、其の陶鋳の然らしむる所なり。故に精算と縷析と、細看と繊別と、労せずして其の効を見る。
現代語訳
太虚の理を知らずに、草木の花を詳しく数え、さらにその蕊を細かく分析し、玉石の模様を細かく見て、さらにその筋目を細かく見分ける。それでは日がいくらあっても足りず、苦労して成果がない。学問にもこれに類するものがあることを知らなければならない。もし太虚の理を会得すれば、万物はみなその中にある。花や蕊、模様や筋目というものは、その(太虚の)造化がそうさせているのである。だから詳しく数えることも細かく分析することも、細かく見ることも細かく見分けることも、苦労せずにその成果が見える。
解説
根本の理を知らずに個々の物を細かく調べ尽くそうとしても、日が足りず成果がないと説く。朱子学の格物窮理が、一草一木の理を窮めることに傾きがちだったことへの批判であり、若き王陽明が竹の理を窮めようとして病んだ話を思わせる。中斎は、太虚の理を会得すれば花や模様もその造化の現れとして自ずと見えるという。細部の分析を否定するのではなく、根本を押さえれば分析も生きるということである。データを集め続けて判断できない現代の仕事にも通じる。
この章句が説くこと
太虚理格物学問根本陽明学
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