洗心洞箚記 / 卷上・第七十八條
三蘇之學、以道器爲別、二程之學、以道器爲一、是乃洛蜀爭端之所源也、而二程之見不詭乎聖人、然學人不本本心之良知、徒謂道器一、則恐亦陷於釋學之空矣、是聖學之所難也、
新字:三蘇之学、以道器為別、二程之学、以道器為一、是乃洛蜀争端之所源也、而二程之見不詭乎聖人、然学人不本本心之良知、徒謂道器一、則恐亦陥於釈学之空矣、是聖学之所難也、
書き下し
三蘇の学は、道器を以て別と為し、二程の学は、道器を以て一と為す。是れ乃ち洛蜀の争端の源する所なり。而して二程の見は聖人に詭はず。然れども学人本心の良知に本づかずして、徒らに道器一と謂へば、則ち恐らくは亦釈学の空に陥らん。是れ聖学の難き所なり。
現代語訳
三蘇(蘇洵・蘇軾・蘇轍)の学は道と器を別のものとし、二程(程顥・程頤)の学は道と器を一つのものとする。これが洛党と蜀党の争いの源である。そして二程の見解は聖人に背かない。しかし学ぶ者が本心の良知にもとづかずに、ただ道と器は一つだと言うだけなら、おそらくまた仏教の空に陥ってしまうだろう。ここが聖学の難しいところである。
解説
北宋の旧法党内で、程頤の洛党と蘇軾の蜀党が対立した洛蜀の争いを、道(形而上の理)と器(形あるもの)を分けるか一つと見るかの違いに求める。中斎は道器を一とする二程を正しいとしながら、良知に根ざさずに一体を唱えれば、具体を軽んじる仏教の空と同じになると警告する。理屈としての一体論ではなく、本心の良知で事物に向き合うことが肝心だという陽明学の立場である。理念と現場の一体を口で説くだけの経営も、現場を見失う点で同じ落とし穴にある。
この章句が説くこと
道器良知本心程子蘇軾陽明学
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