言志四録 / 南洲手抄
周子主靜、謂心守本體。圖説自註無欲故靜、程伯氏因此有天理人欲之説。叔子持敬工夫亦在此。朱陸以下雖各有得力處、而畢竟不出此範圍。不意至明儒、朱陸分黨如敵讐。何以然邪。今之學者、宜以平心待之。取其得力處可也。
新字:周子主静、謂心守本体。図説自註無欲故静、程伯氏因此有天理人欲之説。叔子持敬工夫亦在此。朱陸以下雖各有得力処、而畢竟不出此範囲。不意至明儒、朱陸分党如敵讐。何以然邪。今之學者、宜以平心待之。取其得力処可也。
書き下し
周子静を主とす、心本体を守るを謂ふなり。図説に、「欲無し故に静」と自註す、程伯氏此に因つて天理人欲の説有り。叔子敬を持する工夫も亦此に在り。朱陸以下各力を得る処有りと雖、而かも畢竟此の範囲を出でず。意はざりき明儒に至つて、朱陸党を分つこと敵讐の如くあらんとは。何を以て然るや。今の学ぶ者、宜しく平心を以て之を待つべし。其の力を得る処を取らば可なり。
現代語訳
周敦頤は「静」を主とした。これは心が本体を守ることを言う。『太極図説』で「欲がないから静である」と自ら注し、程明道はこれをもとに「天理・人欲」の説を立てた。程伊川の「敬」を持する工夫もまたここにある。朱子・陸象山以下、それぞれに得るところはあったが、結局この範囲を出るものではない。ところが思いがけず明代の儒者に至って、朱子学派と陸王学派が敵同士のように党派を分けて争った。なぜこうなったのか。今の学ぶ者は、平らな心で両者に向き合うべきだ。それぞれの優れたところを取ればよいのである。
解説
儒学内部の学派対立を戒め、いいとこ取りを勧めた、懐の深い一条です。一斎は周敦頤・程明道・程伊川から朱子・陸象山まで、諸家の説はみな「心の本体を守る」という一点の範囲内にあり、根は同じだと見ます。それなのに明代に朱子学派と陸王学派が敵のように争ったのを嘆き、「なぜこうなったのか」と問う。そして今の学ぶ者には、党派に与せず平らな心で各説の長所を取れ、と説きます。表向き朱子学、内実は陽明学とも言われた一斎らしい、寛容で実利的な学問態度。流派や立場の対立にとらわれず本質を取る姿勢は、今日の議論にも通じます。
この章句が説くこと
学派対立朱子と陸王平心折衷