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洗心洞箚記 / 卷上・第五十一條

不心歸乎太虛、而議親故賢能功貴勤賓之辟、則必流於私、而有過不及矣、故周制自世子至公卿大夫士之子、皆早以三德成其性、盛其德、而心歸乎太虛、以服官政、故公正而無私、何議而不中節、不特小司寇之八辟而已、

新字:不心帰乎太虚、而議親故賢能功貴勤賓之辟、則必流於私、而有過不及矣、故周制自世子至公卿大夫士之子、皆早以三徳成其性、盛其徳、而心帰乎太虚、以服官政、故公正而無私、何議而不中節、不特小司寇之八辟而已、

書き下し

心太虚に帰せずして、親故賢能功貴勤賓の辟を議すれば、則ち必ず私に流れて、過不及有り。故に周の制は世子より公卿大夫士の子に至るまで、皆早く三徳を以て其の性を成し、其の徳を盛んにして、心太虚に帰し、以て官政に服す。故に公正にして私無く、何を議するとして節に中らざらん。特に小司寇の八辟のみならざるなり。

現代語訳

心が太虚に帰らないまま、親族・旧知・賢者・有能者・功臣・高官・勤労者・賓客に対する刑の減免(八辟)を論議すれば、必ず私情に流れて、行き過ぎや不足が生じる。だから周の制度では、世子(太子)から公卿・大夫・士の子に至るまで、みな早くから三徳によってその性を成し、その徳を盛んにして、心が太虚に帰ったうえで官の政務に就いた。だから公正で私心がなく、何を論議しても節度にかなわないことはなかった。小司寇の八辟に限ったことではない。

解説

『周礼』小司寇の八辟は、親族・旧知・賢者・有能者・功臣・貴人・勤労者・賓客について刑を議して減ずる制度である。中斎は、心が太虚に帰っていない者がこれを運用すれば必ず私情に流れると言い、周では貴族の子弟が早くから三徳を修め、心を太虚に帰してから官についたからこそ公正だったと説く。裁判実務に携わった中斎らしい条である。例外規定や情状の配慮は、運用する人の心が公正でなければたちまち身内びいきの道具になる。制度より先に担う人の心を問う視点として読める。

この章句が説くこと

太虚公正周礼私心裁判修己

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