洗心洞箚記 / 卷上・第二十八條
知其力量、而不知其知量、世之通患也、若復知其知量、如知其力量、則遜讓之風起焉、而何忌才嫉能之有、枝葉萎而根猶存元氣焉、則有甦之理矣、根旣蠹而枝葉猶生者、則必無甦之理也、然而昧者修飾其枝葉、以望其盛茂、此可笑、亦可自警、
新字:知其力量、而不知其知量、世之通患也、若復知其知量、如知其力量、則遜譲之風起焉、而何忌才嫉能之有、枝葉萎而根猶存元気焉、則有甦之理矣、根既蠹而枝葉猶生者、則必無甦之理也、然而昧者修飾其枝葉、以望其盛茂、此可笑、亦可自警、
書き下し
其の力量を知りて、其の知量を知らざるは、世の通患なり。若し復た其の知量を知ること、其の力量を知るが如くならば、則ち遜譲の風起こらん。而して何の才を忌み能を嫉むこと之れ有らん。枝葉萎みて根猶ほ元気を存すれば、則ち甦るの理有り。根既に蠹みて枝葉猶ほ生ずる者は、則ち必ず甦るの理無きなり。然り而して昧き者は其の枝葉を修飾して、以て其の盛茂を望む。此れ笑ふべく、亦自ら警むべし。
現代語訳
自分の力の量は知っていても、自分の知の量を知らないのが、世の共通の病である。もし自分の知の量を、力の量を知るように知ったなら、へりくだり譲る気風が起こり、才を忌み能力を嫉むことなどなくなるだろう。枝葉がしおれても根にまだ元気が残っていれば、よみがえる道理がある。根がすでに虫に食われて、枝葉だけがまだ生きているものは、必ずよみがえる道理がない。それなのに愚かな者は枝葉を飾り立てて、盛んに茂ることを望む。これは笑うべきことであり、また自分への戒めとすべきことである。
解説
第二十八条は、人は自分の腕力の限界は知っていても知恵の限界は知らないと言い、それを知れば謙譲の風が生まれ、他人の才能を妬むこともなくなると説く。第二十九条は、根が生きていれば枝葉が枯れても甦るが、根が腐れば枝葉を飾っても甦らないという。どちらも、見える部分より見えない本を正せという点で通じる。自分の知の限界を知ることは優秀な部下を妬まない条件であり、組織の業績不振を表面の施策で取り繕うより根の部分を見よという教えとしても読める。
この章句が説くこと
謙譲根本修己知量嫉妬学問
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