洗心洞箚記 / 卷上・第二十三條
程子曰、有關雎麟趾之意、然後可行周官之制度、此特知恐不善讀周官者之愆世、而似未明其制度之以修君德爲本也、而推其說于後世、則猶俟河淸然、故以吾論之、不必本周官之制度、以立法導君、則關雎麟趾之德、益難成矣、
新字:程子曰、有関雎麟趾之意、然後可行周官之制度、此特知恐不善読周官者之愆世、而似未明其制度之以修君徳為本也、而推其説于後世、則猶俟河清然、故以吾論之、不必本周官之制度、以立法導君、則関雎麟趾之徳、益難成矣、
書き下し
程子曰く、関雎麟趾の意有りて、然る後に周官の制度を行ふべしと。此れ特に周官を善く読まざる者の世を愆らんことを恐るるを知るのみにして、未だ其の制度の君徳を修むるを以て本と為すを明らかにせざるに似たり。而して其の説を後世に推せば、則ち猶ほ河の清むを俟つがごとく然り。故に吾を以て之を論ずれば、必ずしも周官の制度に本づき、以て法を立て君を導かずんば、則ち関雎麟趾の徳は、益々成り難し。
現代語訳
程子は「関雎・麟趾(『詩経』周南の篇。文王の家の徳を歌う)の心があって、そののちに周官(『周礼』)の制度を行うことができる」と言った。これはただ、『周礼』をよく読まない者が世を誤らせるのを恐れたことを示すだけで、その制度が君主の徳を修めることを本としていることを、まだ明らかにしていないようである。その説を後世に押し広げれば、黄河が澄むのを待つようなもので、いつまでも実現しない。だから私の考えでは、『周礼』の制度に基づいて法を立て君主を導かなければ、関雎・麟趾の徳はますます成り難いのである。
解説
程子の「関雎麟趾の意有りて然る後に周官の制度を行ふべし」という語を取り上げ、徳が先で制度は後とする考えに異を唱える条である。中斎は、『周礼』の制度そのものが君主の徳を修めることを本としているのだから、徳の完成を待っていては河の清むのを待つようなものだと言う。むしろ制度によって君を導いてこそ徳が成るという。人格の成熟を待ってから仕組みを整えるのではなく、良い仕組みが人の徳を育てるという考えは、組織づくりにおける制度設計の意味を考えさせる。
この章句が説くこと
制度君徳周礼程子詩経修己
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