政談 / 右四册大意の事
右四册の物語りに瑣細なるまでを記したることは、當時は法の立てやう未熟にて、大なる所に法立たず、末に計り法立ちてある故世界に締り無く、風俗ひたものに移り行き、今は法は法にて有りながら、下は下にて別々になりて、法も詮無きことに成りたることを知らせ奉らんためなり、當時のことなど見及び聞及びたる爭などを少々書きたるは、定めて承はり違ひもあるべし、又愚按の違ひもあるべし、政治の道はひきつはなれたることにあらず、世の成行世界の全躰を知し召すこと肝要なり、肝心の所は世界旅宿の境界なると、諸事の制度なきと、此二つに歸することなり、是によりて、戶籍を立て萬民を住所に有付ると、町人百姓と武家と制度の差別を立ると、大名の家に制度を立ると御買上と云ことの之なきやうにすると、大躰是にて世界はすぐなをり豐かに成るへし、
新字:右四册の物語りに瑣細なるまでを記したることは、当時は法の立てやう未熟にて、大なる所に法立たず、末に計り法立ちてある故世界に締り無く、風俗ひたものに移り行き、今は法は法にて有りながら、下は下にて別々になりて、法も詮無きことに成りたることを知らせ奉らんためなり、当時のことなど見及び聞及びたる争などを少々書きたるは、定めて承はり違ひもあるべし、又愚按の違ひもあるべし、政治の道はひきつはなれたることにあらず、世の成行世界の全体を知し召すこと肝要なり、肝心の所は世界旅宿の境界なると、諸事の制度なきと、此二つに帰することなり、是によりて、戸籍を立て万民を住所に有付ると、町人百姓と武家と制度の差別を立ると、大名の家に制度を立ると御買上と云ことの之なきやうにすると、大体是にて世界はすぐなをり豊かに成るへし、
書き下し
右四册の物語りに瑣細なるまでを記したることは、当時は法の立てやう未熟にて、大なる所に法立たず、末に計り法立ちてある故世界に締り無く、風俗ひたものに移り行き、今は法は法にて有りながら、下は下にて別々になりて、法も詮無きことに成りたることを知らせ奉らんためなり、当時のことなど見及び聞及びたる争などを少々書きたるは、定めて承はり違ひもあるべし、又愚按の違ひもあるべし、政治の道はひきつはなれたることにあらず、世の成行世界の全体を知し召すこと肝要なり、肝心の所は世界旅宿の境界なると、諸事の制度なきと、此二つに帰することなり、是によりて、戸籍を立て万民を住所に有付ると、町人百姓と武家と制度の差別を立ると、大名の家に制度を立ると御買上と云ことの之なきやうにすると、大体是にて世界はすぐなをり豊かに成るへし、
現代語訳
右の四冊の物語に細かなことまで記したのは、今は法の立て方が未熟で、大きなところに法が立たず、末のことにばかり法が立っているので、世の中に締まりがなく、風俗がひたすら移り変わり、今は法は法としてありながら、下は下で別々になって、法も無意味になっていることを知っていただくためである。今のことなど見聞きした争いなどを少々書いたのは、きっと聞き違いもあるだろう。また愚案の誤りもあるだろう。政治の道はかけ離れたことではない。世の成り行き、世の中の全体をお知りになることが肝要である。肝心のところは、世の中が旅宿の境界(旅先の宿にいるような暮らし)であることと、諸事の制度がないこと、この二つに帰する。これによって、戸籍を立てて万民を住所に落ち着かせること、町人・百姓と武家との制度の差別を立てること、大名の家に制度を立てること、御買い上げということがないようにすること、大体これで世の中はまっすぐに直り、豊かになるだろう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『政談』國の締り一篇の發端の事総して国の治めと云ふは、譬へば碁盤の目を盛るが如し、目を盛らざる盤にては、何ほどの上手にても碁はうたれぬなり、洪水を静むるには、川筋を付るなり、川筋を付ざれば、禹王再び生れ出たまふとも、水を静むることは叶はざるなり、当時火災の事上の御世話にて塗屋土蔵造に成りたれば、火災自然と少なし、是明かなる証拠なり、其外の御政務には、此訳を申し立る人なきにや、是によりて和漢の古法を考へ愚案の量見を左に記す、
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『徂徠先生答問書』卷中撿見と申事世上に有之候より、斗筲の人ならで代官はならぬ事に被成候。貢賦の法は、常免を至極に仕候。三代の法、夏は貢法、殷は助法、周は徹法に候。徹法は貢助の外に無之候。助法は公田私田を分ち候故後世に難用候。貢法は常免の事に候。大禹の御定めにて候故、是に踰候良法無之候。聖人はよく人情に通達し、古今の情弊を洞見被成候て御立候事に候。世上に撿見と申事御座候よりして、吏の種々の奸曲は生じ候事に候。定免に仕候へば、賄賂の道断候て、奸曲を防がずしてをのづから無之候。日本の古も、異国は秦漢より元明までも、皆定免に候。撿見を以て見取に致し候よりして、国の財用は吏の嚢橐に入候と可被思召候。其上定免に致し候へば、入に定額御座候て、定額を以て国用を制候故却て簡便に候。とりかを定免に致し候へば、誰にても代官は勤まる事に候。代官を鄙職に定め候故、其家にてしかと致したる士をば申付がたく、是よりして果は卿大夫皆民間の情にうとく、木偶人のごとくに成行申候。皆戦国の余習をうけて苟且の制度と可被思召候。以上。
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『慎思録』巻之四井田の法は、中国広闊の地に於てすら、後世其の勢ひ行ひ難きの論有り。況や外夷の壌地褊少なるに於てをや。凡そ治を為すの道は、只だ政を発し仁を施すに在り。稼穡を教へ法制を厳にし、税斂を薄くし力役を省き、学校を興し倫理を明らかにするのみ。古制に泥むことを要せず。今其の土宜を知らずして古制に拘拘たる者、中華古昔の井田の法を以て外夷に行ふべしと為す。是れ陋儒の見にして、世変を諳んぜず、偏僻の説にして、時宜を知らざる者なり。智と謂ふべけんや。
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『弁道』第三則道とは統名なり。礼楽刑政凡そ先王の建つる所の者を挙げて、合はせて之に命くるなり。礼楽刑政を離れて別に所謂道なる者有るに非ざるなり。曰ふが如し、「賢者は其の大なる者を識り、不賢者は其の小なる者を識る。文武の道有らざること莫し」と。又た武城の絃歌の如き、孔子に牛刀の誚り有り、而して子游君子小人の道を学ぶを引く。見るべきのみ。孔安国の註に、「道は礼楽を謂ふなり」と。古時の言語、漢儒猶ほ其の伝を失はざるかな。
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『学則』對西肥水秀才問秦漢よりして下、郡県を以て封建に代へ、法律を以て礼楽に代ふ。其の吏治を言ふ者、亦た孰か経術を援かざらん。而れども郡県の治は、凡百の制度、古と同じからず。而して先王の道は用ゐるべからず。故に亦た僅かに用ゐて以て吏術を縁飾すと云ふのみ。豈に能く先王に法らんや。祇だ漢の法は尚ほ疎濶にして、吏多く便宜に事に従ふを得たり。古に近しと為すなり。隋は宇文周の律を脩め、唐・宋・明皆之に因る。申・韓の法、是に至りて始めて其の極に臻る。夫れ讐を復するは、先王の道なり。律に之無し。以て見るべきのみ。此れ後世の吏治・経術の岐れて二途と為る所以の者、秦漢に昉まりて、隋唐に成るなり。
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老子 第18章大道廃れて、仁義有り。智慧出でて、大偽有り。六親和せずして、孝慈有り。国家昏乱して、忠臣有り。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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