洗心洞箚記 / 卷上・第二十二條
余見一諸生臨鏡理髮、因謂之曰、與臨明鏡苦照鬢髮之鬆不鬆、不如明良知切察意念之誠不誠、鬢髮雖鬆、不害爲君子、意念不誠、則不害爲禽獸也、
新字:余見一諸生臨鏡理髪、因謂之曰、与臨明鏡苦照鬢髪之鬆不鬆、不如明良知切察意念之誠不誠、鬢髪雖鬆、不害為君子、意念不誠、則不害為禽獣也、
書き下し
余一諸生の鏡に臨みて髪を理むるを見る。因りて之に謂ひて曰く、明鏡に臨みて苦だ鬢髪の鬆か鬆かならざるかを照らすは、良知を明らかにして切に意念の誠か誠ならざるかを察するに如かず。鬢髪鬆なりと雖も、君子為るを害せず。意念誠ならずんば、則ち禽獣為るを害せざるなり。
現代語訳
私は一人の書生が鏡に向かって髪を整えているのを見て、こう言った。「明るい鏡に向かって、鬢の髪が乱れていないかを懸命に映すのは、良知を明らかにして、心の思いが誠か誠でないかを切実に省みるのには及ばない。鬢の髪が乱れていても、君子であることを妨げない。心の思いが誠でなければ、禽獣になることを妨げないのである」。
解説
鏡の前で髪を整える塾生に、鏡で髪の乱れを照らすより、良知という鏡で心の思いの誠不誠を照らせと諭した逸話である。髪が乱れていても君子であることは損なわれないが、意念が誠でなければ人は禽獣にも等しくなる。洗心洞の塾での日常の一場面から、致良知と誠意の要点が語られている。身だしなみや見た目の印象に気を配るのは悪くないが、それ以上に、自分の動機が誠実かどうかを毎朝確かめる習慣こそが人を形づくるという教えは、現代にもそのまま通じる。
この章句が説くこと
良知誠意念致良知修己誠意
関連する章句
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『武士道』第六章 禮儀・誠を語ると礼を守ると試みに日本人に向ひ、誠を語ると、礼を守ると、いづれか重きやと問はば、彼れ必ずや、全く米人に相反するの辞を以て答とせんと云ふものあり。其説の当否はしばらく之を置き、次章『至誠』を説くの項下に於て、之に論及するものあらん。
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呂氏春秋・士容②齊に善く狗を相する者有り。其の鄰假いて以て鼠を取るの狗を買わんとす。期年にして乃ち之を得て、曰く、「是れ良狗なり。」其の鄰、之を畜うこと數年なれども、鼠を取らず。以て相する者に告ぐ。相する者曰く、「此れ良狗なり。其の志は獐麋豕鹿に在り、鼠に在らず。其の鼠を取らんことを欲せば、則ち之に桎せよ。」其の鄰、其の後ろ足に桎すれば、狗乃ち鼠を取る。夫れ驥驁の氣、鴻鵠の志、人心に諭らるる者有るは誠なればなり。人も亦た然り。誠之れ有れば則ち神、人に應ず。言豈に以て之を諭すに足らんや。此を不言の言と謂うなり。
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荀子・不苟篇君子の心を養うは誠より善きは莫し。誠を致さば則ち它事無し。唯だ仁のみ之れ守と為し、唯だ義のみ之れ行と為す。心を誠にして仁を守れば則ち形れ、形るれば則ち神なり、神なれば則ち能く化す。心を誠にして義を行なえば則ち理あり、理あれば則ち明らかなり、明らかなれば則ち能く変ず。変化代わる代わる興る、之を天徳と謂う。天は言わずして人は高きを推し、地は言わずして人は厚きを推し、四時は言わずして百姓は期す。夫れ此れ常有るは、其の誠を至せる者を以てなり。君子の至徳は、嘿然として喩り、未だ施さずして親しみ、怒らずして威あり。夫れ此れ命に順うは、其の独りを慎む者を以てなり。善の道を為すや、誠ならざれば則ち独ならず、独ならざれば則ち形れず、形れざれば則ち心に作り、色に見れ、言に出づと雖も、民は猶お未だ従わざるが若し。従うと雖も必ず疑う。天地は大と為すも、誠ならざれば則ち万物を化する能わず。聖人は知と為すも、誠ならざれば則ち万民を化する能わず。父子は親と為すも、誠ならざれば則ち疏し。君上は尊と為すも、誠ならざれば則ち卑し。夫れ誠なる者は、君子の守る所にして、政事の本なり。唯だ居る所にして其の類を以て至る。之を操れば則ち之を得、之を舎つれば則ち之を失う。操りて之を得れば則ち軽し、軽ければ則ち独行す。独行して舎てざれば、則ち済る。済りて材尽き、長く遷りて其の初めに反らざれば、則ち化す。
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言志四録・南洲手抄意の誠否は、須らく夢寐中の事に於て之を験すべし。
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論語・八佾篇祭ること在るが如く。神を祭ること神在るが如し。子曰く、『吾、祭に与らざれば、祭らざるが如し。』
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『武士道』第七章 至誠信實・礼に過ぐれば諂いとなる礼もし誠を欠かば諧謔となり、狂言となる。伊達政宗曰はく、『礼に過ぐれば諂ひとなる』と。又た菅公が誠の歌に、『心だに誠の道にかなひなば、祈らずとても神や守らん』とあるは、ポローニアスが、『自から已に誠なるべし。さらば人に誠無き能はず』との訓言に比するに、義はなはだ深し。子思は『中庸』に於て誠を崇め、之れに超自然力を帰し、而も殆ど其力を神明と同視す。『誠は物の終始なり。誠ならざれば物無し。是の故に君子は之を誠にするを貴しと為す』と曰ひ、且つ流麗快達の弁を以て、至誠息むこと無く、悠遠博厚、又た高明、動かさずして変じ、無為にして成すと説く。其旨の深玄にして神秘の妙域に騁するより、人の或は『誠』の一字を解けば、『言』と、完全の義ある『成』との二字より成れるを以て、之を新プラトン学説の『ロゴス』(道)に比儔せんとすることあり。
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