洗心洞箚記 / 卷上・第十八條
孟子萬物皆備於我之說、不心歸乎太虛者、安分明通其義哉、無求生以害仁、夫生有滅、仁太虛之德、而萬古不滅者也、舍萬古不滅者、而守有滅者、惑也、故志士仁人、舍彼取此、誠有理哉、非常人所知也、
新字:孟子万物皆備於我之説、不心帰乎太虚者、安分明通其義哉、無求生以害仁、夫生有滅、仁太虚之徳、而万古不滅者也、舎万古不滅者、而守有滅者、惑也、故志士仁人、舎彼取此、誠有理哉、非常人所知也、
書き下し
孟子の万物皆我に備はるの説、心太虚に帰せざる者、安んぞ分明に其の義に通ぜんや。生を求めて以て仁を害すること無し。夫れ生は滅有り。仁は太虚の徳にして、万古不滅なる者なり。万古不滅なる者を舎てて、滅有る者を守るは、惑ひなり。故に志士仁人、彼を舎てて此を取る。誠に理有るかな。常人の知る所に非ざるなり。
現代語訳
孟子の「万物はみな我に備わっている」という説は、心が太虚に帰っていない者に、どうしてはっきりその意味がわかろうか。「生を求めて仁を害することはない」(『論語』衛霊公)。そもそも生には滅びがある。仁は太虚の徳であって、永遠に滅びないものである。永遠に滅びないものを捨てて、滅びのあるものを守るのは惑いである。だから志士仁人は、あちら(生)を捨ててこちら(仁)を取る。まことに道理がある。普通の人の知るところではない。
解説
第十八条は『孟子』尽心上の「万物皆我に備はる」を、心が太虚に帰った者だけが分かると言う。第十九条は『論語』衛霊公の「志士仁人は生を求めて以て仁を害すること無し」を引き、命には終わりがあるが仁は太虚の徳で不滅だから、不滅のものを捨てて滅びるものを守るのは惑いだとする。五つの柱の「一死生」を説く条で、のちの中斎の行動を思わせもするが、ここではまず価値の序列についての考察として読める。保身のために原則を曲げるかどうかの場面で、何が残り何が消えるかを考えさせる。
この章句が説くこと
仁生死太虚志士孟子論語
関連する章句
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