洗心洞箚記 / 卷上・第九條
英傑當大事、固忘禍福生死、而事適成、則亦或惑禍福生死矣、至學問精熟之君子則一也、繫乎物者、常而動、況逢變乎、安乎地者、雖逢變不動、況常乎、是故於所止、不可以不知止也、
新字:英傑当大事、固忘禍福生死、而事適成、則亦或惑禍福生死矣、至学問精熟之君子則一也、繋乎物者、常而動、況逢変乎、安乎地者、雖逢変不動、況常乎、是故於所止、不可以不知止也、
書き下し
英傑大事に当たれば、固より禍福生死を忘る。而して事適ま成れば、則ち亦或いは禍福生死に惑ふ。学問精熟の君子に至りては則ち一なり。物に繫がる者は、常にして動く。況んや変に逢ふをや。地に安んずる者は、変に逢ふと雖も動かず。況んや常をや。是の故に止まる所に於て、以て止まるを知らざるべからざるなり。
現代語訳
英雄豪傑は大事に当たるとき、もとより禍福も生死も忘れる。しかし事がたまたま成ると、今度は禍福生死に迷うことがある。学問が熟した君子になると、どちらの時も一つである。物につながれている者は、平常でも動揺する。まして変事に出会えばなおさらである。拠りどころに安んじている者は、変事に出会っても動じない。まして平常ならなおさらである。だから止まるべきところについて、止まることを知らなければならない(『大学』)。
解説
英傑は大事の最中には禍福生死を忘れるが、事が成ると惑い始める。学問の熟した君子は成否の前後で心が変わらない。続く第十条は、物に繫がれた心は平時でも揺れ、拠るべき地に安んじた心は変事にも揺れないと述べ、『大学』の「止まるを知る」に結ぶ。中斎の「生死を一にす」の思想が、平時と非常時を一つに貫く心として語られている。危機対応では力を発揮した人が、成功のあとに保身や慢心に崩れる例は組織でも珍しくない。成功のあとこそ心の拠りどころが試されると教える。
この章句が説くこと
生死禍福止君子大学学問
関連する章句
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『大和俗訓』巻之二・為学下一楊子曰学者所以求為君子也。言ふ意は、学問をするは何の為ぞや。君子とならんが為なり。君子とは有徳人を云ふ。君子の字義は、易の正義に、人の君となりて万民を子のごとくする徳ある人をいへり。賤くして下にありても、其徳あれば君子と称す君子となるとは人となるなり。学ばざる人は云ふにたらず。学んでも君子とならずんば、学ばざるに同じくして、人と生れたるかひなし。君子となる事容易からず。しかれども、志を立ておこたらずんば、必其功あるべし。古語にも、志あるものは其事つひに成るといへり。学は終身のことなり。一息もいまだ残れる内は、此志怠るべからず。是人の一生の間のつとめなり。
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『初学訓』巻之三一善を行ふに、愛敬の心を本とすべし。其人に随ひて、愛敬に厚薄有るべし。一学問するに、道を知らんことを以て心とし、善を行ひて、人を愛し助くるを以て事とすべし。是、学問の要とする所、本を務むるなり。其目的は、君子とならんことを期するを以て志とすべし。然らずして、才学のみに心を用ひ、是を以て、みづから誇り、人を侮る故、書を読まざる時より、心ざま、かへつて悪しくなりもて行けり。是、君子となることを好まずして、小人となることを学ぶなり。書を読むによつて、かへつて小人となるは口をし。もし如斯ならば、学問すれば人品悪しくなると、俗人のいへるも宜なり。かかる学問は、せざるに如かず。されども、それによつて学問せざるは、たとへば噎によつて食せざるが如し。食は日用の物なり。むせたるは、食する人の過なり。
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論語・学而篇子曰く、「君子重からざれば則ち威あらず、学べば則ち固ならず。忠信を主とし、己に如かざる者を友とすること無かれ、過てば則ち改むるに憚ること勿かれ。」
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『初学訓』巻之三一人となりては、稚き時より、其父兄となる人は、其子弟に、書を読ませ、道を学ばしむべし。学問の道は他なし、只道を知りて、善悪を明らかにわかち、善を行ひ悪を去るにあり。故に、君子の学問は、仁心を保ち、つねに善を行ふを宗とす。善を行はざれば、博学にして経伝に明らかなるも、無用のことなり。大人は、善を行へば、其ほどこしひろし。然れども、極めて賤しき乞丐といへども、善を行ふに志あれば、其分に随ひて、其功多し。故に、学問する人は、只つねに善をするに志ありて、日々、善を行ふをつとめとすべし。
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『益軒家訓』聖学須勤凡人たるものは、聖人の教を貴び受け、強く志を立て、人の道を学び知り、勤め行ひて君子とならん事を思ひ、常に心にかけて怠るべからず。これ聖学に志すの道なり。其学問の法は、書を読み古を考へ、人に問ひ己におもひ、人の諫いましめを聴用ひ、常に我が身を顧て、我が愚なる事を知り、わが不善なる事を知り、わが過を改めて善にうつるべし。君子の過ちや日月の食の如し、過つや人皆之を見、更むるや人皆之を仰ぐ。また小人の過つや、かならず文る。過をはぢて蔽ひかくすは小人の心なり、甚卑し。古語に聖人に非ずんば誰か能く過ち無からん、過ちて能く改むる、善焉より大なるは莫しといへり。仮にも我を智ありとし、善也と思ふべからず。わが身のちからをたのみて、人を愚なりとし、侮るべからず。諫を拒ぎ、我を是とすべからず。
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