導師導古典を学びたいすべての人に

大和俗訓 / 巻之二・為学下

一楊子曰學者所以求爲君子也。言ふ意は、學問をするは何の爲ぞや。君子とならんが爲なり。君子とは有德人を云ふ。君子の字義は、易の正義に、人の君となりて萬民を子のごとくする德ある人をいへり。賤くして下にありても、其德あれば君子と稱す君子となるとは人となるなり。學ばざる人は云ふにたらず。學んでも君子とならずんば、學ばざるに同じくして、人と生れたるかひなし。君子となる事容易からず。しかれども、志を立ておこたらずんば、必其功あるべし。古語にも、志あるものは其事つひに成るといへり。學は終身のことなり。一息もいまだ殘れる内は、此志怠るべからず。是人の一生の間のつとめなり。

新字:一楊子曰学者所以求為君子也。言ふ意は、学問をするは何の為ぞや。君子とならんが為なり。君子とは有徳人を云ふ。君子の字義は、易の正義に、人の君となりて万民を子のごとくする徳ある人をいへり。賤くして下にありても、其徳あれば君子と称す君子となるとは人となるなり。学ばざる人は云ふにたらず。学んでも君子とならずんば、学ばざるに同じくして、人と生れたるかひなし。君子となる事容易からず。しかれども、志を立ておこたらずんば、必其功あるべし。古語にも、志あるものは其事つひに成るといへり。学は終身のことなり。一息もいまだ残れる内は、此志怠るべからず。是人の一生の間のつとめなり。

書き下し

一楊子曰学者所以求為君子也。言ふ意は、学問をするは何の為ぞや。君子とならんが為なり。君子とは有徳人を云ふ。君子の字義は、易の正義に、人の君となりて万民を子のごとくする徳ある人をいへり。賤くして下にありても、其徳あれば君子と称す君子となるとは人となるなり。学ばざる人は云ふにたらず。学んでも君子とならずんば、学ばざるに同じくして、人と生れたるかひなし。君子となる事容易からず。しかれども、志を立ておこたらずんば、必其功あるべし。古語にも、志あるものは其事つひに成るといへり。学は終身のことなり。一息もいまだ残れる内は、此志怠るべからず。是人の一生の間のつとめなり。

現代語訳

楊子は「学ぶとは君子となることを求めるためである」と言いました。その意味は、学問をするのは何のためか、君子になるためだということです。君子とは徳のある人をいいます。君子という字の意味は、易の正義に、人の君となって万民をわが子のようにいつくしむ徳のある人のことだとしています。身分が低く下にいても、その徳があれば君子と称します。君子になるとは、人らしい人になることです。学ばない人は言うに足りません。学んでも君子にならなければ、学ばないのと同じで、人と生まれたかいがありません。君子になることはたやすくありません。けれども志を立てて怠らなければ、必ずその成果があるでしょう。古語にも「志ある者は、その事ついに成る」と言っています。学問は一生のことです。息が一つでも残っているうちは、この志を怠ってはいけません。これが人の一生のあいだの務めです。

解説

漢の揚雄(楊子)の『法言』にある言葉を引き、学問の目的は君子、すなわち徳のある人になることだと定めます。益軒は君子を身分ではなく徳で定義し、下にいる人でも徳があれば君子だと言います。「志ある者は事竟に成る」は『後漢書』の光武帝の言葉として知られます。学問を一生の務めとし、息のあるうちは怠るなと説くのは、この書を七十九歳で著した益軒自身の生き方そのものです。学びに定年はないと励まされる一節です。

この章句が説くこと

君子学問志徳生涯学習

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る