潜夫論 / 誌氏姓
少皡氏之世衰,而九黎亂德,顓頊受之,乃命南正重司天以屬神,命火正黎司地以屬民,使複舊常,無相侵瀆,是謂絕地天通。夫黎,顓頊氏裔,子吳回也。為高辛氏火正,淳燿天明地德,光四海也,故名祝融。後三苗複九黎之德,堯繼重黎之後,不忘舊者,羲伯複治之。故重黎氏世序天地,別其分主,以曆三代,而封於程。其在周世,為宣王大司馬,詩美「王謂尹氏,命程伯休父。」其後失守,適晉為司馬,遷自謂其後。祝融之孫,分為八姓,己、禿、彭、姜、雲、曾、斯、芊,己姓之嗣。褷叔安其裔,子曰董父,實甚好龍,能求其嗜欲以飲食之,龍多歸焉。乃學擾龍以事帝舜,賜姓曰董,氏曰豢龍,封諸川夷,彭姓豕韋,皆能馴龍者也。豢龍逄以忠諫,桀殺之。凡因祝融之子孫,己姓之班,昆吾、籍、扈、溫、董。
新字:少皡氏之世衰,而九黎乱徳,顓頊受之,乃命南正重司天以属神,命火正黎司地以属民,使複旧常,無相侵瀆,是謂絶地天通。夫黎,顓頊氏裔,子呉回也。為高辛氏火正,淳燿天明地徳,光四海也,故名祝融。後三苗複九黎之徳,堯継重黎之後,不忘旧者,羲伯複治之。故重黎氏世序天地,別其分主,以暦三代,而封於程。其在周世,為宣王大司馬,詩美「王謂尹氏,命程伯休父。」其後失守,適晋為司馬,遷自謂其後。祝融之孫,分為八姓,己、禿、彭、姜、雲、曽、斯、芊,己姓之嗣。褷叔安其裔,子曰董父,実甚好竜,能求其嗜欲以飲食之,竜多帰焉。乃学擾竜以事帝舜,賜姓曰董,氏曰豢竜,封諸川夷,彭姓豕韋,皆能馴竜者也。豢竜逄以忠諫,桀殺之。凡因祝融之子孫,己姓之班,昆吾、籍、扈、温、董。
書き下し
少皡氏の世衰へて九黎徳を乱す。顓頊之を受け、乃ち南正重に命じて天を司りて以て神に属せしめ、火正黎に命じて地を司りて以て民に属せしめ、旧常を復せしめ、相侵瀆すること無からしむ。是を地天を絶通すと謂ふ。夫れ黎は、顓頊氏の裔、子の呉回なり。高辛氏の火正と為り、天明地徳を淳燿し、四海を光らす。故に祝融と名づく。後に三苗九黎の徳を復し、堯は重黎の後を継ぎ、旧を忘れざる者、羲伯復た之を治む。故に重黎氏は世よ天地を序し、其の分主を別ち、以て三代を暦し、而して程に封ぜらる。其の周の世に在りては、宣王の大司馬と為り、詩に美して「王は尹氏に謂ひ、程伯休父に命ず」と。其の後守を失ひ、晋に適きて司馬と為り、遷は自ら其の後と謂ふ。祝融の孫、分かれて八姓と為る、己・禿・彭・姜・雲・曾・斯・芊、己姓の嗣なり。褷叔安は其の裔にして、子を董父と曰ふ、実に甚だ龍を好み、能く其の嗜欲を求めて以て之に飲食せしめ、龍多く帰す。乃ち龍を擾すことを学びて以て帝舜に事へ、姓を董と賜はり、氏を豢龍と曰ひ、諸を川夷に封ぜらる、彭姓の豕韋も、皆能く龍を馴らす者なり。豢龍逄は忠諫を以て、桀之を殺す。凡そ祝融の子孫に因る、己姓の班は、昆吾・籍・扈・温・董なり。
現代語訳
少皡氏の世が衰えると、九黎が徳を乱しました。顓頊がこれを受け継ぎ、南正の重に命じて天を司らせて神に属させ、火正の黎に命じて地を司らせて民に属させ、古来の常道を回復させて、互いに侵し汚すことのないようにしました。これを「地と天の通じを絶つ」と言います。黎は顓頊氏の末裔で、子を呉回といいます。高辛氏の火正となり、天の明らかさと地の徳を大いに輝かせ、四海を照らしたので、祝融と名づけられました。のちに三苗が九黎の徳を復活させ、堯は重黎の後を継がせ、旧来の務めを忘れなかった羲伯がまたこれを治めました。こうして重黎氏は代々天と地の秩序を整え、それぞれの分担と主を分け、三代を経て、程に封ぜられました。周の世では宣王の大司馬となり、詩にも「王は尹氏に告げ、程伯休父に命じた」と讃えられています。その後は職分を失い、晋に行って司馬となり、遷(司馬遷)は自分をその後裔と称しました。祝融の孫は分かれて八つの姓となり、己・禿・彭・姜・雲・曾・斯・芊、これが己姓の続きです。褷叔安はその末裔で、子を董父といい、たいへん龍を好み、龍の好むものを探して飲み食いさせたので、龍が多く集まりました。そこで龍を馴らすことを学んで帝舜に仕え、董の姓を賜り、氏を豢龍といい、川夷に封ぜられました。彭姓の豕韋もまた、みな龍を馴らす者でした。豢龍逄は忠義の諫言のために、桀に殺されました。およそ祝融の子孫に由来する、己姓の系統には、昆吾・籍・扈・温・董があります。
解説
この章句が説くこと
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