潜夫論 / 誌氏姓
黃帝之子二十五人,班為十二:姬、酉、祁、己、勝、蒧、伾、拘、釐、吉、嬛、衣氏也。當春秋,晉有祁奚,舉子薦仇,以忠直著。莒子姓己氏。夏之興,有任奚為夏車正,以封於薛,後遷於邾,其嗣仲𧈭居薛,為湯左相。王季之妃大任,及謝、章、昌、采、祝、結、泉、卑、遇、狂大氏,皆任姓也。台氏女為后稷元妃,繁育周先。吉氏封於燕,及鄭文公有賤妾燕吉,夢神與之蘭曰:「餘為伯儵,餘而祖也。以是有國,香人服媚。」及文公見吉,賜蘭而禦之。吉言其夢,且曰:「妾不才,幸而有子,將不信,敢征蘭乎?」公曰:「諾。」遂生穆公。吉氏之別,有闞、尹、蔡、光、魯、雍、斷、密須氏。及漢,河東有郅都,汝南有郅君章,姓音與古吉同,而書其字異,二人皆著名當世。
新字:黄帝之子二十五人,班為十二:姫、酉、祁、己、勝、蒧、伾、拘、釐、吉、嬛、衣氏也。当春秋,晋有祁奚,舉子薦仇,以忠直著。莒子姓己氏。夏之興,有任奚為夏車正,以封於薛,後遷於邾,其嗣仲𧈭居薛,為湯左相。王季之妃大任,及謝、章、昌、采、祝、結、泉、卑、遇、狂大氏,皆任姓也。台氏女為后稷元妃,繁育周先。吉氏封於燕,及鄭文公有賤妾燕吉,夢神与之蘭曰:「余為伯儵,余而祖也。以是有国,香人服媚。」及文公見吉,賜蘭而禦之。吉言其夢,且曰:「妾不才,幸而有子,将不信,敢征蘭乎?」公曰:「諾。」遂生穆公。吉氏之別,有闞、尹、蔡、光、魯、雍、断、密須氏。及漢,河東有郅都,汝南有郅君章,姓音与古吉同,而書其字異,二人皆著名当世。
書き下し
黄帝の子二十五人、班つること十二、姫・酉・祁・己・勝・蒧・伾・拘・釐・吉・嬛・衣氏なり。春秋に当たり、晋に祁奚有り、子を挙げ仇を薦め、忠直を以て著はる。莒子は己氏を姓とす。夏の興るや、任奚有り夏の車正と為り、以て薛に封ぜられ、後に邾に遷り、其の嗣仲𧈭薛に居り、湯の左相と為る。王季の妃大任、及び謝・章・昌・采・祝・結・泉・卑・遇・狂大氏は、皆任姓なり。台氏の女は后稷の元妃と為り、周の先を繁育す。吉氏は燕に封ぜられ、鄭の文公に賤妾燕吉有るに及び、夢に神之に蘭を与へて曰く、「余は伯儵なり、余は而の祖なり。是を以て国を有ち、香人服媚す」と。文公吉を見るに及び、蘭を賜ひて之を御す。吉其の夢を言ひ、且つ曰く、「妾は不才なるも、幸ひにして子有らば、将に信ぜられざらんとす、敢へて蘭を征せんか」と。公曰く、「諾」と。遂に穆公を生む。吉氏の別に、闞・尹・蔡・光・魯・雍・断・密須氏有り。漢に及び、河東に郅都有り、汝南に郅君章有り、姓の音は古の吉と同じくして、書く所の字は異なり、二人は皆名を当世に著はす。
現代語訳
黄帝の子は二十五人で、分かれて十二の姓となりました。姫・酉・祁・己・勝・蒧・伾・拘・釐・吉・嬛・衣の各氏です。春秋の時代には、晋に祁奚がおり、わが子を推挙し、仇をも推薦して、忠実で正直な人として知られました。莒子は己氏を姓としています。夏が興ったとき、任奚が夏の車正となり、薛に封ぜられ、のちに邾に移りました。その子孫の仲𧈭は薛に居て、湯の左相となりました。王季の妃の大任、および謝・章・昌・采・祝・結・泉・卑・遇・狂大の各氏は、みな任姓です。台氏の女は后稷の第一の妃となり、周の先祖を育てました。吉氏は燕に封ぜられ、鄭の文公のとき、身分の低い側室の燕吉がいました。夢に神が現れて蘭を与え、「私は伯儵で、お前の祖である。これによって国を持つのだ。この蘭の香りに人は従い慕うだろう」と言いました。文公は吉に会うと、蘭を賜って寵愛しました。吉は夢の話をし、「私は取るに足りない者ですが、幸いに子ができても、信じていただけないでしょう。この蘭を証にしてよろしいですか」と申しました。公が「よい」と答え、やがて穆公が生まれました。吉氏の分かれには、闞・尹・蔡・光・魯・雍・断・密須の各氏があります。漢の時代には、河東に郅都、汝南に郅君章がおり、姓の音は古い吉と同じですが書く字は異なり、二人ともその時代に名を知られました。
解説
この章句が説くこと
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『潜夫論』誌氏姓昔堯契に姓を賜いて姫とし、禹に姓を賜いて姒とし、氏して有夏と曰い、伯夷を姜と為し、氏して有呂と曰う。下りて三代に及び、官に世功有れば、則ち官族有り、邑も亦た之の如し。後世微末にして、是に因りて以て姓と為せば、則ち改むる能わず。故に或いは本姓を伝え、或いは号・邑・諡に氏し、或いは爵に氏し、或いは志に氏す。若し夫れ五帝三王の世は、所謂号なり。文・武・昭・景・成・宣・戴・桓は、所謂諡なり。斉・魯・呉・楚・秦・晋・燕・趙は、所謂国なり。王氏・侯氏・王孫・公孫は、所謂爵なり。司馬・司徒・中行・下軍は、所謂官なり。伯有・孟孫・子服・叔子は、所謂字なり。巫氏・匠氏・陶氏は、所謂事なり。東門・西門・南宮・東郭・北郭は、所謂居なり。三烏・五鹿・青牛・白馬は、所謂志なり。凡そ厥の姓氏は、皆出属にして勝げて紀すべからざるなり。
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『潜夫論』誌氏姓衛侯邢を滅ぼし、昭公同姓を娶る、言うこころは皆祖を同じくするなり。近古以来は、則ち必ずしも然らず。古の姓を賜うは、大諦用うべきも、其の余は則ち難し。周室衰微し、呉・楚号を僭し、七国を暦て、咸な各おの王を称す。故に王氏・王孫氏・公孫氏及び諡氏官は、国自ら之を有ち、千八百国、諡官は万を数え、故に元より同じくすべからざるなり。孫氏に及びては、或いは王孫の班なり、或いは諸孫の班なり。故に祖を同じくして姓を異にする有り、姓を同じくして祖を異にする有り、亦た雑錯して、変じて相入る有り、或いは母の姓に従い、或いは怨仇を避く。夫れ律を吹きて姓を定むるは、唯だ聖のみ能くす。今民散ずること久しく、克く達する鮮し。音律は天の主る、其の祖を尊正す、故に且く略ぼ顕者を紀し、以て士の合揖して損せんことを待つ。伏羲は姓風、其の後任・宿・須朐・顓臾の四国に封ぜらる。実に太皡を司り、有済の祀に与り、且つ東蒙の主たり、魯の僖公の母成風は、蓋し須朐の女なり。季氏顓臾を伐たんと欲し、而して孔子之を譏る。炎帝の苗胄、四嶽の伯夷、堯の為に典礼し、民を折むるに惟れ刑、以て申・呂に封ず。裔尚を生み、文王の師と為り、殷に克ちて之を斉に封じ、或いは許・向に封じ、或いは紀に封じ、或いは申に封ず。
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『潜夫論』誌氏姓帝堯の後は陶唐氏と為る。後に劉累有り、能く龍を畜ひ、孔甲姓を御龍と賜ひ、以て豕韋の後に更ふ。周に至りて唐杜氏と為る。周衰へ、隰叔子有り、周の難を晋国に違ひ、子輿を生み、李と為り、以て朝に正し、朝に間(奸)官無し、故に氏は士氏と為る。司空と為り、以て国に正し、国に敗績無し、故に氏は司空。采を随に食む、故に随氏と氏とす。士袴の孫会、文・襄を佐け、諸侯に於て悪無し。卿と為り、以て成・景を輔け、軍に敗政無し。成率と為り、傅に居り、刑法を端し、訓典を集め、国に姦民無く、晋国の盗は逃げて秦に奔る。是に於て晋侯為に冕服を王に請ひ、王随会に命じて卿と為し、是を以て範を受け、卒して武子と諡す。武子は文にして、晋・荊の盟を成し、兄弟の国を降し、間隙無からしむ、是を以て郇・櫟を受く。此に由りて帝堯の後に、陶唐氏・劉氏・御龍氏・唐杜氏・隰氏・士氏・季氏・司空氏・趙氏・範氏・郇氏・櫟氏・嬴(彘)氏・冀氏・穀氏・薔氏・擾氏・㩏(狸)氏・傅氏有り。
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国語・晋語四秦伯女五人を帰(とつ)がしむ、懐嬴(かいえい)与(あずか)る。公子匜(い)を奉じて沃盥(よくかん)せしめ、既にして之を揮う。嬴怒りて曰く、「秦・晋は匹なり、何を以て我を卑しむ」と。公子懼れ、服を降して命を囚(ま)つ。秦伯公子に見えて曰く、「寡人の適(てき)、此を才と為す。子圉(しぎょ)の辱めらるるや、嬪嬙(ひんしょう)に備う。以て婚を成さんと欲して、其の悪名に離(かか)らんことを懼る。此に非ずんば、則ち故無し。敢えて礼を以て之を致さざるは、懽(よろこ)ぶの故なり。公子の辱めらるるは、寡人の罪なり。唯命を是れ聴かん」と。 公子辞せんと欲す。司空季子曰く、「同姓を兄弟と為す。黄帝の子二十五人、其の同姓なる者は二人のみ、唯青陽と夷鼓とは皆己(き)姓と為る。青陽は、方雷氏の甥なり。夷鼓は、彤魚(とうぎょ)氏の甥なり。其の同生にして異姓なる者は、四母の子別れて十二姓と為る。凡そ黄帝の子、二十五宗、其の姓を得る者十四人、十二姓と為る。姫・酉・祁・己・滕・箴・任・荀・僖・姞・儇・依是なり。唯青陽と蒼林氏とは黄帝に同じ、故に皆姫姓と為る。徳を同じくするの難きこと是くの如し。昔少典(しょうてん)有蟜(ゆうきょう)氏に娶り、黄帝・炎帝を生む。黄帝は姫水を以て成り、炎帝は姜水を以て成る。成りて徳を異にす、故に黄帝は姫と為り、炎帝は姜と為る。二帝師を用いて以て相済(な)すは、徳を異にするの故なり。異姓なれば則ち徳を異にし、徳を異にすれば則ち類を異にす。類を異にすれば近しと雖も、男女相及びて、以て民を生ずるなり。同姓なれば則ち徳を同じくし、徳を同じくすれば則ち心を同じくし、心を同じくすれば則ち志を同じくす。志を同じくすれば遠しと雖も、男女相及ばず、黷(けが)すを畏れ敬すればなり。黷せば則ち怨みを生じ、怨み乱るれば災いを毓(そだ)て、災い毓てば姓を滅ぼす。是の故に妻を娶るに其の同姓を避くるは、乱災を畏るればなり。故に異徳は姓を合わせ、同徳は義を合わす。義以て利を導き、利以て姓を阜(おお)いにす。姓利相更(か)わり、成りて遷らず、乃ち能く摂(と)り固め、其の土房を保つ。今子の子圉に於けるは、道路の人なり。其の棄つる所を取りて、以て大事を済す、亦可ならずや」と。
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『潜夫論』五德誌初め、烈山氏の天下を有つや、其の子を柱と曰い、能く百穀を植え、故に立てて以て稷と為す。夏より以上は之を祀る。周の興るや、棄を以て之に代え、今に至るまで之を祀る。大妊、長人の己に感ずるを夢み、文王を生む。厥の相は四乳、西伯と為り、岐に興り、虞芮の訟を断じて始めて命を受く。武王は駢歯、殷に勝ち劉を遏め、周道を成す。姫の別封は衆多にして、管・蔡・成・霍・魯・衛・毛・聃・郜・雍・曹・滕・畢・原・酆・郇は、文の昭なり。邘・晋・応・韓は、武の穆なり。凡・蔣・邢・苑・祚・祭は、周公の胤なり。周・召・虢・呉・随・邠・方・卬・自・潘・養・滑・鎬・宮・密・栄・丹・郭・楊・逄・管・唐・韓・楊・觚・欒・甘・鱗・虞・王氏は、皆姫姓なり。神龍の首常羊に出ずる有り、妊姒に感じて、赤帝魁隗を生む、身号は炎帝、世号は神農、伏羲氏に代わる、其の徳は火紀、故に火師と為して火名あり。是を以て木を斫りて耜と為し、木を揉めて耒耨と為し、日中に市を為し、天下の民を致し、天下の貨を聚め、交易して退き、各おの其の所を得たり。
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史記 三代世表契生まれて賢なり、堯立てて司徒と為し、之に姓して子氏と曰ふ。子とは茲なり。茲は益々大なるなり。詩人美めて之を頌して曰く「殷社芒芒たり、天、玄鳥に命じ、降りて商を生ましむ」と。商とは質なり、殷の号なり。文王の先は后稷為り、后稷も亦父無くして生まる。后稷の母は姜嫄為り、出でて大人の蹟を見て之を履み践み、身に知ありて、則ち后稷を生む。姜嫄以て父無しと為し、賤しみて之を道中に棄つるに、牛羊避けて践まず。之を山中に抱けば、山者之を養ふ。又之を大沢に捐つれば、鳥覆ひ席きて之に食はしむ。姜嫄之を怪しみ、是に於いて其の天子なるを知り、乃ち取りて之を長ず。堯其の賢才を知り、立てて以て大農と為し、之に姓して姫氏と曰ふ。姫とは本なり。詩人美めて之を頌して「厥の初め民を生む」と曰ひ、深く修め益々成し、而して后稷の始めを道ふなり。』孔子曰く、『昔者堯、契に命じて子氏と為すは、湯有るが為なり。后稷に命じて姫氏と為すは、文王有るが為なり。大王の季歴に命ずるは、天瑞を明らかにするなり。太伯の呉に之くは、遂に源を生ずるなり』と。天命は言ひ難し、聖人に非ざれば能く見る莫し。舜・禹・契・后稷は皆黄帝の子孫なり。黄帝、天命を策して天下を治め、徳沢後世に深し、故に其の子孫皆復た立ちて天子と為る、是れ天の有徳に報ゆるなり。人知らず、以為へらく氾く布衣匹夫より起こるのみと。夫れ布衣匹夫、安んぞ能く故無くして起こりて天下に王たらんや。其れ天命有りて然るなり」と。「黄帝の後世、何ぞ天下に王たることの久遠なるや」と。曰く、「伝に云ふ、天下の君王、万夫の黔首の為に民の命を贖はんことを請ふ者は帝たり、福有ること万世。黄帝是れなり。五政明らかなれば則ち礼義を修め、天の時に因りて兵を挙げて征伐して利ある者は王たり、福有ること千世。蜀王は黄帝の後世なり、今に至るまで漢の西南五千里に在り、常に来りて朝降し、漢に輸献す、其の先の徳有りて、沢の後世に流るるを以てするに非ずや。
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