国語 / 晋語四
秦伯歸女五人,懷嬴與焉。公子使奉匜沃盥,既而揮之。嬴怒曰:「秦、晉匹也,何以卑我?」公子懼,降服囚命。秦伯見公子曰:「寡人之適,此為才。子圉之辱,備嬪嬙焉,欲以成婚,而懼離其惡名。非此,則無故。不敢以禮致之,懽之故也。公子有辱,寡人之罪也。唯命是聽。」 公子欲辭,司空季子曰:「同姓為兄弟。黃帝之子二十五人,其同姓者二人而已,唯青陽與夷鼓皆為己姓。青陽,方雷氏之甥也。夷鼓,彤魚氏之甥也。其同生而異姓者,四母之子別為十二姓。凡黃帝之子,二十五宗,其得姓者十四人為十二姓。姬、酉、祁、己、滕、箴、任、荀、僖、姞、儇、依是也。唯青陽與蒼林氏同于黃帝,故皆為姬姓。同德之難也如是。昔少典娶于有蟜氏,生黃帝、炎帝。黃帝以姬水成,炎帝以姜水成。成而異德,故黃帝為姬,炎帝為姜,二帝用師以相濟也,異德之故也。異姓則異德,異德則異類。異類雖近,男女相及,以生民也。同姓則同德,同德則同心,同心則同志。同志雖遠,男女不相及,畏黷敬也。黷則生怨,怨亂毓災,災毓滅姓。是故娶妻避其同姓,畏亂災也。故異德合姓,同德合義。義以導利,利以阜姓。姓利相更,成而不遷,乃能攝固,保其土房。今子於子圉,道路之人也,取其所棄,以濟大事,不亦可乎?」
新字:秦伯帰女五人,懐嬴与焉。公子使奉匜沃盥,既而揮之。嬴怒曰:「秦、晋匹也,何以卑我?」公子懼,降服囚命。秦伯見公子曰:「寡人之適,此為才。子圉之辱,備嬪嬙焉,欲以成婚,而懼離其悪名。非此,則無故。不敢以礼致之,懽之故也。公子有辱,寡人之罪也。唯命是聴。」 公子欲辞,司空季子曰:「同姓為兄弟。黄帝之子二十五人,其同姓者二人而已,唯青陽与夷鼓皆為己姓。青陽,方雷氏之甥也。夷鼓,彤魚氏之甥也。其同生而異姓者,四母之子別為十二姓。凡黄帝之子,二十五宗,其得姓者十四人為十二姓。姫、酉、祁、己、滕、箴、任、荀、僖、姞、儇、依是也。唯青陽与蒼林氏同于黄帝,故皆為姫姓。同徳之難也如是。昔少典娶于有蟜氏,生黄帝、炎帝。黄帝以姫水成,炎帝以姜水成。成而異徳,故黄帝為姫,炎帝為姜,二帝用師以相済也,異徳之故也。異姓則異徳,異徳則異類。異類雖近,男女相及,以生民也。同姓則同徳,同徳則同心,同心則同志。同志雖遠,男女不相及,畏黷敬也。黷則生怨,怨乱毓災,災毓滅姓。是故娶妻避其同姓,畏乱災也。故異徳合姓,同徳合義。義以導利,利以阜姓。姓利相更,成而不遷,乃能摂固,保其土房。今子於子圉,道路之人也,取其所棄,以済大事,不亦可乎?」
書き下し
秦伯女五人を帰(とつ)がしむ、懐嬴(かいえい)与(あずか)る。公子匜(い)を奉じて沃盥(よくかん)せしめ、既にして之を揮う。嬴怒りて曰く、「秦・晋は匹なり、何を以て我を卑しむ」と。公子懼れ、服を降して命を囚(ま)つ。秦伯公子に見えて曰く、「寡人の適(てき)、此を才と為す。子圉(しぎょ)の辱めらるるや、嬪嬙(ひんしょう)に備う。以て婚を成さんと欲して、其の悪名に離(かか)らんことを懼る。此に非ずんば、則ち故無し。敢えて礼を以て之を致さざるは、懽(よろこ)ぶの故なり。公子の辱めらるるは、寡人の罪なり。唯命を是れ聴かん」と。 公子辞せんと欲す。司空季子曰く、「同姓を兄弟と為す。黄帝の子二十五人、其の同姓なる者は二人のみ、唯青陽と夷鼓とは皆己(き)姓と為る。青陽は、方雷氏の甥なり。夷鼓は、彤魚(とうぎょ)氏の甥なり。其の同生にして異姓なる者は、四母の子別れて十二姓と為る。凡そ黄帝の子、二十五宗、其の姓を得る者十四人、十二姓と為る。姫・酉・祁・己・滕・箴・任・荀・僖・姞・儇・依是なり。唯青陽と蒼林氏とは黄帝に同じ、故に皆姫姓と為る。徳を同じくするの難きこと是くの如し。昔少典(しょうてん)有蟜(ゆうきょう)氏に娶り、黄帝・炎帝を生む。黄帝は姫水を以て成り、炎帝は姜水を以て成る。成りて徳を異にす、故に黄帝は姫と為り、炎帝は姜と為る。二帝師を用いて以て相済(な)すは、徳を異にするの故なり。異姓なれば則ち徳を異にし、徳を異にすれば則ち類を異にす。類を異にすれば近しと雖も、男女相及びて、以て民を生ずるなり。同姓なれば則ち徳を同じくし、徳を同じくすれば則ち心を同じくし、心を同じくすれば則ち志を同じくす。志を同じくすれば遠しと雖も、男女相及ばず、黷(けが)すを畏れ敬すればなり。黷せば則ち怨みを生じ、怨み乱るれば災いを毓(そだ)て、災い毓てば姓を滅ぼす。是の故に妻を娶るに其の同姓を避くるは、乱災を畏るればなり。故に異徳は姓を合わせ、同徳は義を合わす。義以て利を導き、利以て姓を阜(おお)いにす。姓利相更(か)わり、成りて遷らず、乃ち能く摂(と)り固め、其の土房を保つ。今子の子圉に於けるは、道路の人なり。其の棄つる所を取りて、以て大事を済す、亦可ならずや」と。
現代語訳
秦伯(穆公)は五人の娘を公子に嫁がせた。その中に懐嬴(秦の公女で、もとは子圉の妻)がいた。懐嬴に水差しを捧げて手を洗わせたあと、公子は濡れた手を振って水を払った。懐嬴は怒って言った。「秦と晋は対等の国です。どうしてわたしを見下すのですか。」公子は恐れ入り、上衣を脱いで自ら囚われの身となり、処分を待った。秦伯は公子に会って言った。「わたしの嫡出の娘の中で、この子がいちばん才がある。子圉が人質として秦にいたとき、そのそばに仕えさせていた。これをあなたと正式に結婚させたいと思ったが、悪い評判を受けるのではないかと恐れたのだ。ほかに理由はない。正式な礼で嫁がせなかったのは、この子をかわいがっているからなのだ。あなたに恥をかかせたのは、わたしの落ち度である。どうするかは、あなたの言うとおりにしよう。」 公子は辞退しようとした。司空季子(胥臣、晋の大夫)が言った。「同姓の者は兄弟とされます。黄帝の子は二十五人いましたが、そのうち父と同じ姓を得たのは二人だけで、青陽と夷鼓はともに己姓となりました。青陽は方雷氏の娘の子、夷鼓は彤魚氏の娘の子です。同じ父から生まれながら姓を異にした者は、四人の母の子が分かれて十二の姓となりました。黄帝の子は二十五の宗家に分かれ、そのうち姓を得た者は十四人で、十二の姓となりました。姫・酉・祁・己・滕・箴・任・荀・僖・姞・儇・依がそれです。ただ青陽と蒼林氏だけが黄帝と同じで、ともに姫姓となりました。徳を同じくすることの難しさは、このようなものです。昔、少典が有蟜氏の娘をめとって、黄帝と炎帝が生まれました。黄帝は姫水のほとりで育ち、炎帝は姜水のほとりで育ちました。育って徳を異にしたので、黄帝は姫姓、炎帝は姜姓となりました。二人の帝が兵を用いて争い合ったのは、徳を異にしたからです。姓が異なれば徳が異なり、徳が異なれば類が異なります。類が異なれば、たとえ近しくても男女が結ばれて民を生むことができます。姓が同じなら徳が同じで、徳が同じなら心が同じで、心が同じなら志が同じです。志が同じなら、たとえ遠くても男女は結ばれません。けがれを恐れ、互いを敬うからです。けがせば怨みが生じ、怨みが乱れれば災いを育て、災いが育てば一族を滅ぼします。ですから妻をめとるのに同姓を避けるのは、乱れと災いを恐れるからです。こうして徳の異なる者は婚姻によって姓を合わせ、徳の同じ者は義によって結びつくのです。義は利を導き、利は一族を栄えさせます。一族と利とが互いに支え合い、それが定まって揺るがなければ、一族をまとめて固め、その土地と住まいを守ることができます。いまあなたと子圉とは、道で行き交う他人も同然です。子圉が捨てた妻を迎えて大事を成し遂げるのは、よいことではありませんか。」
解説
この章句が説くこと
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『慎思録』巻之五其の性行を審らかに択ばざるべからず。又須らく父家の良賤を選ぶべし。唯其の容貌の美悪を以て取舎を為すべからず。然れども君子の父に於けるや、愛敬兼ね至り、母に比して最も厚き者は、何ぞや。蓋し人の生ずるや、始めを父に資る。是れ稟受の本源たり。母の如きは、養育の功固より多しと雖も、然れども其の本始たりて之を統ぶる者は父なり。是れ猶ほ地育の功厚しと雖も、特に天生の徳大なるがごとし。故に父は天たり、母は地たり。其の尊卑自ら同じからず。此れ父を以て至尊至親と為し、其の尊ぶべきこと天と斉し。故に君子は最も其の父に厚くして、母は其の次なり。
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