潜夫論 / 五德誌
武王克殷,而封其後於杞,或封於繒,又封少之胄於祁。澆才力蓋眾,驟其勇武,而卒以亡。故南宮括曰:「羿善射,奡蕩舟,俱不得其死也。」姒姓分氏夏後、有扈、有南、斟尋、泊㳶、辛、襄、費、戈、冥、繒,皆禹後也。搖光如月正日,感女樞幽防之宮,生黑帝顓頊,其相駢幹,身號高陽,世號共工,代少氏,其德水行,以水紀,故為水師而水名。承少衰,九黎亂德,乃命重黎討訓服。曆象日月,東西南北,作樂五英,有才子八人,蒼舒、緌凱、搗演、大臨、幹降、庭堅、仲容、叔達。齊聖廣淵,明允篤誠,天下之人謂之八凱。共工氏有子曰勾龍,能平九土,故號后土,死而為社,天下祀之。娀簡吞燕卵,生子契,為堯司徒,職親百姓,順五品。扶都見白氣貫月,意感生黑帝子履,其相二肘,身號湯,世號殷,致太平。
新字:武王克殷,而封其後於杞,或封於繒,又封少之胄於祁。澆才力蓋衆,驟其勇武,而卒以亡。故南宮括曰:「羿善射,奡蕩舟,倶不得其死也。」姒姓分氏夏後、有扈、有南、斟尋、泊㳶、辛、襄、費、戈、冥、繒,皆禹後也。揺光如月正日,感女枢幽防之宮,生黒帝顓頊,其相駢幹,身号高陽,世号共工,代少氏,其徳水行,以水紀,故為水師而水名。承少衰,九黎乱徳,乃命重黎討訓服。暦象日月,東西南北,作楽五英,有才子八人,蒼舒、緌凱、搗演、大臨、幹降、庭堅、仲容、叔達。斉聖広淵,明允篤誠,天下之人謂之八凱。共工氏有子曰勾竜,能平九土,故号后土,死而為社,天下祀之。娀簡呑燕卵,生子契,為堯司徒,職親百姓,順五品。扶都見白気貫月,意感生黒帝子履,其相二肘,身号湯,世号殷,致太平。
書き下し
武王殷に克ちて、其の後を杞に封じ、或いは繒に封じ、又少の胄を祁に封ず。澆は才力衆に蓋い、其の勇武を驟くし、而して卒に以て亡ぶ。故に南宮括曰く、「羿は射を善くし、奡は舟を蕩かし、俱に其の死を得ざるなり」と。姒姓の分氏は夏後・有扈・有南・斟尋・泊㳶・辛・襄・費・戈・冥・繒、皆禹の後なり。搖光月の如く日を正し、女枢幽防の宮に感じ、黒帝顓頊を生む、其の相は駢幹、身号は高陽、世号は共工、少氏に代わり、其の徳は水行、水を以て紀す、故に水師と為して水名あり。少の衰えを承け、九黎徳を乱す、乃ち重黎に命じて討ちて訓服せしむ。日月を暦象し、東西南北、楽「五英」を作り、才子八人有り、蒼舒・緌凱・搗演・大臨・幹降・庭堅・仲容・叔達。斉聖広淵、明允篤誠、天下の人之を八凱と謂う。共工氏に子有り勾龍と曰い、能く九土を平らぐ、故に后土と号し、死して社と為り、天下之を祀る。娀簡燕卵を呑み、子契を生み、堯の司徒と為り、職は百姓を親しみ、五品に順わしむ。扶都白気の月を貫くを見、意に感じて黒帝子履を生む、其の相は二肘、身号は湯、世号は殷、太平を致す。
現代語訳
武王は殷に勝ち、その後裔を杞に封じ、あるいは繒に封じ、また少の子孫を祁に封じました。澆は才力が衆に抜きん出て、勇武を頻りに振るいましたが、ついにそれで亡びました。そこで南宮括は言いました。「羿は弓が巧みで、奡は舟を動かす力があったが、どちらもまともな死に方をしなかった」と。姒姓から分かれた氏は、夏後・有扈・有南・斟尋・泊㳶・辛・襄・費・戈・冥・繒で、みな禹の後裔です。搖光が月のように日を正し、女枢は幽防の宮に感じて、黒帝顓頊を生みました。その相は駢幹、身号は高陽、世号は共工で、少氏に代わり、その徳は水で、水で官を記したので、水師・水名と呼ばれました。少が衰えた後を受けて、九黎が徳を乱したので、重黎に命じて討たせ、服従させました。日月を暦に象り、東西南北を定め、楽「五英」を作り、才子が八人いました。蒼舒・緌凱・搗演・大臨・幹降・庭堅・仲容・叔達です。聖にして広く深く、明らかで誠実で、天下の人は彼らを八凱と呼びました。共工氏に子がおり勾龍といい、よく九土を平らげたので、后土と号し、死んで社となって、天下がこれを祀りました。娀簡は燕の卵を呑み、子の契を生み、堯の司徒となり、百姓を親しませ、五品を従わせることを職としました。扶都は白い気が月を貫くのを見て、心に感じて黒帝子履を生みました。その相は二肘、身号は湯、世号は殷で、太平を実現しました。
解説
この章句が説くこと
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『潜夫論』五德誌後嗣の慶都、龍と合婚し、伊堯を生む、高辛氏に代わる、其の眉は八彩、世に唐と号す。楽「大章」を作り、始めて位を禅る。武王殷に克ちて其の胄を鋳に封ず。含始、赤珠を呑み、剋して曰く「玉英漢を生ず」と。龍、女媼に感じ、劉季興る。大電、枢を繞りて野を炤らし、符宝に感じ、黄帝軒轅を生み、炎帝氏に代わる。其の相は龍顔、其の徳は土行、雲を以て紀す、故に雲師と為して雲名あり。楽「咸池」を作り、是れ始めて衣裳を製す。後嗣の握登、大虹を見、意に感じて重華虞舜を生む。其の目は重瞳、堯に事う、堯乃ち位を禅りて曰く、「爾舜に格れ、天の暦数は爾が躬に在り、允に厥の中を執れ、四海困窮せば、天禄永く終わらん」と。乃ち終わりを文祖に受くるなり、有虞と号し、楽「九韶」を作り、位を禹に禅る。武王殷に克ちて胡公媯満を陳に封じ、庸て元女大姫を以てす。大星虹の如く、華渚に下流し、女節夢に接し、白帝摯青陽を生む、世に少昊と号す。黄帝氏に代わり、曲阜に都し、其の徳は金行、其の立つや、鳳皇適に至る、故に鳥を以て紀す。鳳鳥氏は、暦正なり。玄鳥氏は、分を司る者なり。伯趙氏は、至を司る者なり。青鳥氏は、啓を司る者なり。丹鳥氏は、閉を司る者なり。
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『潜夫論』五德誌舜乃ち位を禅り、命ずること堯の詔の如し。禹乃ち位に即き、楽「大夏」を作り、世に夏後と号す。嗣子の啓に伝う。啓の子の太康・仲康更ごも立つ。兄弟五人、皆昏徳有り、帝事に堪えず、降りて洛汭に須つ、是れを五観と謂う。孫の相位を嗣ぎ、夏道浸く衰え、是に於いて後羿鉏より窮石に遷り、夏民に因りて以て夏政に代わり、相を滅ぼす。妃の後緡、方に娠み、竇より逃れ出で、有仍に奔り、少康を生む、仍の妃、牧正なり。羿己が射を恃みて、民事を修めず、而して原獣に淫し、武羅・伯因・熊髡・幹圉を棄てて、寒浞を用う。浞は、柏明氏の讒子弟なり、柏明氏悪みて之を棄て、夷羿収めて、之を信じて使い、以て己が相と為す。浞は媚を内に行い、賂を外に施し、民を愚弄し、羿を田に虞り、之に詐匿を樹て、以て其の国家を取り、外内咸な服す。羿猶お悛めず。将に田より帰らんとするや、家衆殺して之を烹、以て其の子に食わしむ、子忍びて諸れを食わず、窮門に死す。靡有鬲氏に奔る。浞羿の室に因り、澆及び𤡬を生み、其の讒慝詐偽を恃みて、民に不徳なり、澆をして師を用いしめ、斟灌及び斟尋氏を滅ぼし、犭壹を過に処き、澆を戈に処く。
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『潜夫論』誌氏姓少皡氏の世衰へて九黎徳を乱す。顓頊之を受け、乃ち南正重に命じて天を司りて以て神に属せしめ、火正黎に命じて地を司りて以て民に属せしめ、旧常を復せしめ、相侵瀆すること無からしむ。是を地天を絶通すと謂ふ。夫れ黎は、顓頊氏の裔、子の呉回なり。高辛氏の火正と為り、天明地徳を淳燿し、四海を光らす。故に祝融と名づく。後に三苗九黎の徳を復し、堯は重黎の後を継ぎ、旧を忘れざる者、羲伯復た之を治む。故に重黎氏は世よ天地を序し、其の分主を別ち、以て三代を暦し、而して程に封ぜらる。其の周の世に在りては、宣王の大司馬と為り、詩に美して「王は尹氏に謂ひ、程伯休父に命ず」と。其の後守を失ひ、晋に適きて司馬と為り、遷は自ら其の後と謂ふ。祝融の孫、分かれて八姓と為る、己・禿・彭・姜・雲・曾・斯・芊、己姓の嗣なり。褷叔安は其の裔にして、子を董父と曰ふ、実に甚だ龍を好み、能く其の嗜欲を求めて以て之に飲食せしめ、龍多く帰す。乃ち龍を擾すことを学びて以て帝舜に事へ、姓を董と賜はり、氏を豢龍と曰ひ、諸を川夷に封ぜらる、彭姓の豕韋も、皆能く龍を馴らす者なり。豢龍逄は忠諫を以て、桀之を殺す。凡そ祝融の子孫に因る、己姓の班は、昆吾・籍・扈・温・董なり。
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史記 殷本紀殷の契は、母を簡狄と曰ふ。有娀氏の女にして、帝嚳の次妃為り。三人行きて浴し、玄鳥の其の卵を墮とすを見る。簡狄取りて之を呑み、因りて孕みて契を生む。契長じて禹を佐けて水を治めて功有り。帝舜乃ち契に命じて曰く、「百姓親しまず、五品訓はず。汝司徒と為りて敬みて五教を敷け。五教は寛に在り」と。商に封じ、姓を子氏と賜ふ。契は唐・虞・大禹の際に興り、功業百姓に著はれ、百姓以て平らかなり。契卒し、子昭明立つ。昭明卒し、子相土立つ。相土卒し、子昌若立つ。昌若卒し、子曹圉立つ。曹圉卒し、子冥立つ。冥卒し、子振立つ。振卒し、子微立つ。微卒し、子報丁立つ。報丁卒し、子報乙立つ。報乙卒し、子報丙立つ。報丙卒し、子主壬立つ。主壬卒し、子主癸立つ。主癸卒し、子天乙立つ。是を成湯と為す。成湯は、契より湯に至るまで八たび遷る。湯始めて亳に居り、先王に従ひて居り、帝誥を作る。湯諸侯を征す。葛伯祀らず、湯始めて之を伐つ。
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