潜夫論 / 相列
《詩》所謂:「天生烝民,有物有則。」是故人身體形貌皆有象類,骨法角肉各有分部,以著性命之期,顯貴賤之表。一人之身而五行八卦之氣具焉,故師曠曰:「赤色不壽」,火家姓易滅也。《易》之《說卦》:「巽為人多白眼。」相揚四白者兵死,此猶金伐木也。經曰:「近取諸身,遠取諸物。」聖人有見天下之至賾,而擬諸形容,象其物宜,此亦賢人之所察,紀往以知來,而著為憲則也。人之相法,或在麵部,或在手足,或在行步,或在聲響。麵部欲溥平潤澤,手足欲深細明直,行步欲安穩覆載,音聲欲溫和中宮。頭麵手足身形骨節,皆欲相副稱,此其略要也。夫骨法為祿相表,氣色為吉凶候,部位為年時,德行為三者招。天授性命,決然表有顯微,色有濃淡,行有薄厚,命有去就,是以吉凶期會,祿位成敗,有不必。非聰明慧智,用心精密,孰能以中?
新字:《詩》所謂:「天生烝民,有物有則。」是故人身体形貌皆有象類,骨法角肉各有分部,以著性命之期,顕貴賤之表。一人之身而五行八卦之気具焉,故師曠曰:「赤色不寿」,火家姓易滅也。《易》之《説卦》:「巽為人多白眼。」相揚四白者兵死,此猶金伐木也。経曰:「近取諸身,遠取諸物。」聖人有見天下之至賾,而擬諸形容,象其物宜,此亦賢人之所察,紀往以知来,而著為憲則也。人之相法,或在麺部,或在手足,或在行歩,或在声響。麺部欲溥平潤沢,手足欲深細明直,行歩欲安穏覆載,音声欲温和中宮。頭麺手足身形骨節,皆欲相副称,此其略要也。夫骨法為禄相表,気色為吉凶候,部位為年時,徳行為三者招。天授性命,決然表有顕微,色有濃淡,行有薄厚,命有去就,是以吉凶期会,禄位成敗,有不必。非聰明慧智,用心精密,孰能以中?
書き下し
『詩』に所謂、「天は烝民を生み、物有れば則有り」と。是の故に人の身体形貌は皆象類有り、骨法角肉は各おの分部有り、以て性命の期を著し、貴賤の表を顕す。一人の身にして五行八卦の気具わる、故に師曠曰く、「赤色は寿からず」と、火の家姓は滅び易きなり。『易』の説卦に、「巽は人と為り白眼多し」と。相揚の四白なる者は兵死す、此れ猶お金の木を伐つがごとし。経に曰く、「近くは諸を身に取り、遠くは諸を物に取る」と。聖人は天下の至賾を見ること有りて、諸を形容に擬え、其の物の宜しきに象る、此れ亦た賢人の察する所、往を紀して以て来を知り、著して憲則と為すなり。人の相法は、或いは面部に在り、或いは手足に在り、或いは行歩に在り、或いは声響に在り。面部は溥平潤沢を欲し、手足は深細明直を欲し、行歩は安穏覆載を欲し、音声は温和中宮を欲す。頭面手足身形骨節、皆な相い副い称うを欲す、此れ其の略要なり。夫れ骨法は禄相の表、気色は吉凶の候、部位は年時、徳行は三者の招なり。天は性命を授け、決然として表に顕微有り、色に濃淡有り、行に薄厚有り、命に去就有り、是を以て吉凶の期会、禄位の成敗、必ずしもならざる有り。聡明慧智にして、心を用うること精密なるに非ざれば、孰か能く以て中てん。
現代語訳
『詩』に「天は多くの民を生み、物があればそこに法則がある」とあります。そのため、人の身体や顔かたちにはみな似通った型があり、骨格や角、肉にはそれぞれの部位があって、それが性命の長短を示し、貴賤のしるしを表します。一人の身に五行や八卦の気がそなわっているので、師曠は「赤い色の者は長生きしない」と言いました。火の家柄の姓は滅びやすいからです。『易』の説卦には「巽は人としては白目が多い」とあります。相の説で四方に白目が広がる者は戦で死ぬと言うのも、金が木を伐つようなものです。経に「近くは自分の身から取り、遠くは物から取る」とあります。聖人は天下の深い道理を見て取り、形や姿になぞらえ、物のふさわしいあり方に象りました。これもまた賢人が観察するところで、過去を記録して将来を知り、書き記して法則としたのです。人相の見方は、顔にあり、手足にあり、歩き方にあり、声にあります。顔は広くて平らでつやがあるのがよく、手足は奥ゆきがあり細やかで明るくまっすぐなのがよく、歩きは落ち着いて安定しているのがよく、声は温和で調子が中ほどにあるのがよいのです。頭、顔、手足、身体、骨節がみな釣り合っているのがよい、というのが大要です。骨格は禄のしるし、顔色は吉凶の兆候、部位は年齢や時期を示し、徳行はこの三つを招き寄せるものです。天は性命を授けますが、そのしるしにはっきりしたものと微かなものがあり、色には濃淡があり、行いには厚薄があり、命にも去就があります。だから吉凶の時期や禄位の成否は、必ずしも定まったとおりにはなりません。聡明で知恵があり、心を細かく働かせる者でなければ、これを言い当てることはできません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
論語・為政篇子曰く、「其の以てする所を視、其の由る所を観、其の安んずる所を察すれば、人焉んぞ廋(かく)さんや、人焉んぞ廋さんや。」
-
司馬法・用眾危うくして其の懼るるを観、静かにして其の怠るを観、動きて其の疑うを観、襲いて其の治まるを観る。
-
『不動智神妙録』諫言 其三 人を見る総て人の善し悪しきを知らんと思はヾ、其愛し用ゐらるゝ臣下、又は親み交る友達を以て知ると云へり、主人善なれば其近臣皆善人なり、主人正しからざれば臣下友達皆正しからず、然らば諸人みななみし隣国是れを侮るなり、善なるときは、諸人親むとは此等の事なり、国は善人を以て宝とすと云へりよくよく御体認なさるべし、人の知る所に於て、私の不義を去り小人を遠け賢を好む事を急に成され候はゞ、いよいよ国の政正しく、御忠臣第一たるべく候、
-
『論語と算盤』処世と信条・人物の観察法また孟子は『存乎人者、莫良於眸子、眸子不能掩其悪、胸中正、則眸子瞭焉、胸中不正、則眸子眊焉』と、孟子一家の人物観察法を説かれている。すなわち孟子の人物観察法は、人の眼によってその人物のいかんを鑑別するもので、心情の正しからざるものは何となく眼に曇りがあるが、心情の正しいものは、眼が瞭然として淀みがないから、これによってその人のいかなる人格であるやを判断せよというにある。この人物観察法もなかなか的確の方法で、人の眼をよく観て置きさえすれば、その人の善悪正邪はたいてい知れるものである。
-
『春秋左氏伝』僖公十一年 礼は国の幹十一年春、晉侯使ひして丕鄭の亂を以て來り告げしむ。天王召の武公・內史過をして晉侯に命を賜はしむ。玉を受くること惰る。過歸りて王に告げて曰く、「晉侯其れ後無からんか。王之に命を賜ひて、瑞を受くるに惰る、先づ自ら棄つるのみ、其れ何の繼ぐこと之れ有らん。禮は、國の幹なり。敬は、禮の輿なり。敬せずんば則ち禮行はれず、禮行はれずんば則ち上下昏し、何を以てか世に長からん」と。夏、揚・拒・泉・皋・伊雒の戎同じく京師を伐ち、王城に入り、東門を焚く、王子帶之を召けばなり。秦・晉戎を伐ちて以て周を救ふ。秋、晉侯戎を王に平らぐ。黃人楚に貢を歸さず。冬、楚人黃を伐つ。
-
『論語と算盤』処世と信条・人物の観察法論語に『子曰、視其所以、観其所由、察其所安、人焉廋哉、人焉廋哉』。初見の時に人を相する佐藤一斎先生の観察法や、人の眸子を観てその人を知る孟子の観察法は、ともにすこぶる簡易な手っ取り早い方法で、これによってたいていは大過なく、人物を正当に識別し得らるるものであるが、人を真に知ろうとするには、かかる観察法では到らぬところがあるから、ここに挙げた論語為政篇の章句のごとく、視、観、察の三つをもって人を識別せねばならぬものだというのが、孔夫子の遺訓である。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る