名将言行録 / 『名将言行録』可兒吉長 飯の食べ方で人を見る
○福島家へ、或軍法者來り奉公を望みける、折節喫飯の時分なりければ、吉長相伴して飯を喫しけるが、彼軍法者の飯を喫する樣子を見て、頗て見限り、召抱られんことは然るべからずと言ふ。正則如何にと問へば、去ることにて候、某相伴して飯を喫し候時見限て候、人は幼少より箸を執て此方、一日に三度は食せずとも、二度食せざる日はなし、彼者一杯の飯に、汁二度掛て食して候、是程の計らひのなき男兩陣數萬のこと如何計ひ申べきやと言ければ、正則深く感心せり。 ○家康、正則に逢はるゝ度に、才藏と、祖父鄕法齋は息災にて罷在り候やと尋ねらしとぞ。 ○吉長若き時、長太刀の業名を得たり。年老い力衰ての後は、腰に差すことを厭ひ、他行の時は從者に持たせ歩行しける。福島の一族に何の加兵衞と曰ふ者あり、一日物語の時、吉長に向ひ、貴殿若き時は格別のことなり、今は年老られ帶びらるゝこと叶はず、從者に持たせて歩行せらる、御手業一見申度と言ふ。吉長聞て、仰尤も恥入候、若き時此刀にて仕合たることゞもに候、今更昔の食著にて歩行の時も身に副て持たせ候、但し武藝に限りて、餘所目にては、批判當らぬものにて候、此刀見參に入れ御會釋申さんとて、腰を押へ立ち、側に置きたる刀を取り長刀の業是なりとて、すはと拔く、加兵衞案に相違して立上らんとする處を、細首打落したりとぞ。
新字:○福島家へ、或軍法者来り奉公を望みける、折節喫飯の時分なりければ、吉長相伴して飯を喫しけるが、彼軍法者の飯を喫する様子を見て、頗て見限り、召抱られんことは然るべからずと言ふ。正則如何にと問へば、去ることにて候、某相伴して飯を喫し候時見限て候、人は幼少より箸を執て此方、一日に三度は食せずとも、二度食せざる日はなし、彼者一杯の飯に、汁二度掛て食して候、是程の計らひのなき男両陣数万のこと如何計ひ申べきやと言ければ、正則深く感心せり。 ○家康、正則に逢はるゝ度に、才蔵と、祖父郷法斎は息災にて罷在り候やと尋ねらしとぞ。 ○吉長若き時、長太刀の業名を得たり。年老い力衰ての後は、腰に差すことを厭ひ、他行の時は従者に持たせ歩行しける。福島の一族に何の加兵衛と曰ふ者あり、一日物語の時、吉長に向ひ、貴殿若き時は格別のことなり、今は年老られ帯びらるゝこと叶はず、従者に持たせて歩行せらる、御手業一見申度と言ふ。吉長聞て、仰尤も恥入候、若き時此刀にて仕合たることゞもに候、今更昔の食著にて歩行の時も身に副て持たせ候、但し武芸に限りて、余所目にては、批判当らぬものにて候、此刀見参に入れ御会釈申さんとて、腰を押へ立ち、側に置きたる刀を取り長刀の業是なりとて、すはと抜く、加兵衛案に相違して立上らんとする処を、細首打落したりとぞ。
書き下し
○福島家へ、或軍法者來り奉公を望みける、折節喫飯の時分なりければ、吉長相伴して飯を喫しけるが、彼軍法者の飯を喫する樣子を見て、頗て見限り、召抱られんことは然るべからずと言ふ。正則如何にと問へば、去ることにて候、某相伴して飯を喫し候時見限て候、人は幼少より箸を執て此方、一日に三度は食せずとも、二度食せざる日はなし、彼者一杯の飯に、汁二度掛て食して候、是程の計らひのなき男兩陣數萬のこと如何計ひ申べきやと言ければ、正則深く感心せり。 ○家康、正則に逢はるゝ度に、才藏と、祖父鄕法齋は息災にて罷在り候やと尋ねらしとぞ。 ○吉長若き時、長太刀の業名を得たり。年老い力衰ての後は、腰に差すことを厭ひ、他行の時は從者に持たせ歩行しける。福島の一族に何の加兵衞と曰ふ者あり、一日物語の時、吉長に向ひ、貴殿若き時は格別のことなり、今は年老られ帶びらるゝこと叶はず、從者に持たせて歩行せらる、御手業一見申度と言ふ。吉長聞て、仰尤も恥入候、若き時此刀にて仕合たることゞもに候、今更昔の食著にて歩行の時も身に副て持たせ候、但し武藝に限りて、餘所目にては、批判當らぬものにて候、此刀見參に入れ御會釋申さんとて、腰を押へ立ち、側に置きたる刀を取り長刀の業是なりとて、すはと拔く、加兵衞案に相違して立上らんとする處を、細首打落したりとぞ。
現代語訳
福島家へ、ある軍法者が来て奉公を望みました。ちょうど食事の時分だったので、吉長は同席して飯を食べましたが、その軍法者の飯の食べ方を見て、すっかり見限り、「召し抱えるのはよくありません」と言いました。正則が理由を尋ねると、「そのことです。私は相伴して飯を食べたときに見限りました。人は幼少から箸を取って以来、一日に三度は食べなくても、二度食べない日はありません。あの者は一杯の飯に、汁を二度かけて食べました。これほどの計らいのない男が、両軍数万の合戦の場をどう計らえましょうか」と答えたので、正則は深く感心しました。 家康は、正則に会うたびに、「才蔵と、祖父の郷法斎は息災でおられるか」とお尋ねになったということです。 吉長は若いころ、長太刀の腕前で名を得ました。年老いて力が衰えたのちは、腰に差すのを嫌い、外出のときは従者に持たせて歩きました。福島の一族に何の加兵衛という者があり、ある日の談話のとき吉長に向かい、「あなたは若いころは格別でした。今は年老いて帯びることもできず、従者に持たせて歩かれる。お手並みを一度拝見したい」と言いました。吉長は聞いて、「仰せはもっともで、恥じ入ります。若いころこの刀で仕合ったことが何度もあり、今さら昔の未練で、出歩くときも身に添えて持たせております。ただし武芸に限っては、傍目の批判は当たらぬものです。この刀をご覧に入れ、ご挨拶いたしましょう」と言って、腰を押さえて立ち、傍らに置いた刀を取り、「長刀の業はこれです」と、すっと抜きました。加兵衛は思惑が外れて立ち上がろうとしたところを、首を打ち落としたということです。
解説

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本の中身を見るこの章句が説くこと
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