潜夫論 / 衰製
夫法令者,君之所以用其國也。君出令而不從,是與無君等。主令不從則臣令行,國危矣。夫法令者,人君之銜轡棰策也;而民者,君之輿馬也。若使人臣廢君法禁,而施己政令,則是奪君之轡策而己獨禦之也。愚君闇主,托坐於左;而奸臣逆道,執轡於右。此齊騶馬傳所以沈胡公於貝水,宋羊叔牂所以弊華元於鄭師,而莫之能禦也。是故陳恒執簡公於徐州,李兌害主父於沙丘,皆以其毒素,奪君之轡策也。《文言》故曰:「臣弑其君,子殺其父,非一朝一夕之故也,其所由來者漸矣,由辯之不蚤變也」。是故妄違法之吏,妄造令之臣,不可不誅也。議者必將以為刑殺當不用,而德化可獨任,此非變通者之論也,非叔世者之言也。
新字:夫法令者,君之所以用其国也。君出令而不従,是与無君等。主令不従則臣令行,国危矣。夫法令者,人君之銜轡棰策也;而民者,君之輿馬也。若使人臣廃君法禁,而施己政令,則是奪君之轡策而己独禦之也。愚君闇主,托坐於左;而奸臣逆道,執轡於右。此斉騶馬伝所以沈胡公於貝水,宋羊叔牂所以弊華元於鄭師,而莫之能禦也。是故陳恒執簡公於徐州,李兌害主父於沙丘,皆以其毒素,奪君之轡策也。《文言》故曰:「臣弑其君,子殺其父,非一朝一夕之故也,其所由来者漸矣,由弁之不蚤変也」。是故妄違法之吏,妄造令之臣,不可不誅也。議者必将以為刑殺当不用,而徳化可独任,此非変通者之論也,非叔世者之言也。
書き下し
夫れ法令とは、君の其の国を用いる所以なり。君令を出だして従わざるは、是れ君無きと等し。主令従わざれば臣令行われ、国危うし。夫れ法令とは、人君の銜轡棰策なり。而して民とは、君の輿馬なり。若し人臣をして君の法禁を廃し、己の政令を施さしめば、則ち是れ君の轡策を奪いて己独り之を御するなり。愚君闇主は左に托坐し、奸臣逆道は右に轡を執る。此れ斉の騶の馬伝が胡公を貝水に沈めし所以、宋の羊叔牂が華元を鄭の師に弊らせし所以にして、之を能く禦ぐ莫し。是の故に陳恒は簡公を徐州に執え、李兌は主父を沙丘に害す。皆な其の毒素を以て、君の轡策を奪えばなり。《文言》に故に曰く、「臣其の君を弑し、子其の父を殺すは、一朝一夕の故に非ず。其の由りて来たる所の者漸し。之を弁ずること蚤く変ぜざるに由る」と。是の故に妄りに法に違う吏、妄りに令を造る臣は、誅せざる可からざるなり。議者は必ず将に以為えらく、刑殺は当に用いざるべく、徳化は独り任ず可しと。此れ変通する者の論に非ず、叔世の者の言に非ざるなり。
現代語訳
法令とは、君主がその国を動かすための手段です。君主が令を出しても従われないのは、君主がいないのと同じです。君主の令が従われなければ臣の令が行われ、国は危うくなります。法令は君主にとって、くつわ・手綱・むち・鞭のようなものであり、民は君主の車と馬です。もし臣下が君主の法禁を捨てて自分の政令を施せば、君主の手綱と鞭を奪って自分ひとりで馬を御することになります。愚かな君主は左に座り、道に背く奸臣は右で手綱を握ります。これは、斉の騶の馬伝が胡公を貝水に沈めた例、宋の羊叔牂が華元を鄭の軍で敗れさせた例のとおりで、誰も防げませんでした。ですから陳恒は簡公を徐州で捕らえ、李兌は主父を沙丘で害しましたが、いずれも毒をもって君主の手綱と鞭を奪ったからです。『文言』には「臣が君を殺し、子が父を殺すのは、一朝一夕のことではない。その由って来るところは漸くである。早く見分けて変えなかったからである」とあります。ですから、勝手に法に背く役人、勝手に令を作る臣は、誅せずにはおけません。議論する者は、きっと刑殺は用いるべきでなく、徳による教化だけに任せればよいと言うでしょうが、これは変化に応じる者の論ではなく、末世の者の言葉でもありません。
解説
この章句が説くこと
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