呻吟語 / 外篇・治道・位以て其の惡を濟す
為政者,非謂得行即行,從可行則行耳。有得行之勢,而昧可行之理,是位以濟其惡也。君子謂之賊。
新字:為政者,非謂得行即行,従可行則行耳。有得行之勢,而昧可行之理,是位以済其悪也。君子謂之賊。
書き下し
政を為す者は、行ふを得れば即ち行ふの謂に非ず、行ふ可きに從ひて則ち行ふのみ。行ふを得るの勢ひ有りて、行ふ可きの理に昧ければ、是れ位以て其の惡を濟すなり。君子は之を賊と謂ふ。
現代語訳
政治を行う者は、できるからやるのではなく、やってよいことに従ってやるだけです。できる勢いがありながら、やってよい理に暗ければ、それは地位で悪を遂げることです。君子はこれを賊と言います。
解説
できることとやってよいことを、はっきり分けます。地位はできる範囲を広げますが、やってよい範囲は広げません。この二つを混同すれば、地位が悪を遂げる道具になります。そして賊と呼ばれます。権限の行使に、権限とは別の基準が要るという主張で、前に出てきた、大きな筋を立てよという段と合わせると、その筋が理であることが分かります。
この章句が説くこと
権限可否理地位賊
関連する章句
-
『韓非子』難勢第四十堯も匹夫為らば、三人を治むること能わじ、而して桀天子為れば、能く天下を亂る。吾此を以て勢位の恃むに足り、而して賢智の慕うに足らざるを知るなり。
-
『墨子』尚賢中既に若の法を曰うも、未だ之を行う所以の術を知らざれば、則ち事は猶お未だ成らざるが若し。是を以て必ず為に三本を置く。何をか三本と謂う。曰く、爵位髙からざれば則ち民敬わざるなり、蓄祿厚からざれば則ち民信ぜざるなり、政令斷ぜざれば則ち民畏れざるなり。故に古の聖王は髙く之に爵を予え、重く之に祿を予え、之に任ずるに事を以てし、斷じて之に令を予う。夫れ豈に其の臣の為に賜わんや。其の事の成らんことを欲すればなり。詩に曰く、「女に憂䘏を告げ、女に序爵を誨う。孰か能く熱を執りて、濯を用いざるは鮮し」と。則ち此れ古者の國君諸侯の、善く承嗣輔佐を執らざる可からざるを語る。之を譬うるに猶お熱を執るに濯有るがごとし。將に其の手を休めんとするなり。古者、聖王は唯だ賢人を得て之を使い、爵を班ちて以て之を貴くし、地を裂きて以て之を封じ、身を終うるまで厭かざるのみ。賢人は唯だ明君を得て之に事え、四肢の力を竭くして、以て君の事に任じ、身を終うるまで倦まざるのみ。若し美善有らば、則ち之を上に歸す。是を以て美善は上に在りて、怨謗する所は下に在り、寧樂は君に在りて、憂慼は臣に在り。故に古者、聖王の政を為すこと此くの若し。
-
『呻吟語』内篇・應務・理を推して是れ視る時勢を以て理を低昂する者は、眾人なり。理を以て時勢を低昂する者は、賢人なり。理を推して是れ視、低昂する所無き者は、聖人なり。
-
『呻吟語』内篇・談道・勢は帝王の權、理は聖人の權公卿朝に爭議するに、天子に命有りと曰へば、則ち屏然として敢へて屈直せず。師儒學に相辯ずるに、孔子に言有りと曰へば、則ち寂然として敢へて異同せず。故に天地の間、惟だ理と勢とを最尊と為す。然りと雖も、理は又尊の尊なり。廟堂の上に理を言へば、則ち天子も勢を以て相奪ふを得ず。即し相奪ふとも、理は則ち常に天下萬世に伸ぶ。故に勢は、帝王の權なり。理は、聖人の權なり。帝王に聖人の理無くんば、則ち其の權時有りて屈す。然らば則ち理なる者は、又勢の恃みて以て存亡を為す所なり。莫大の權を以て僭竊の禁無し。此れ儒者の辭せずして敢へて斯道の南面に任ずる所以なり。
-
『呻吟語』内篇・談道・理一にして氣・勢・利は三なり先天は、理のみ。後天は、氣のみ。天下は、勢のみ。人情は、利のみ。理は一にして、氣・勢・利は三なり。勝負知る可し。
-
『呻吟語』内篇・應務・理を貶せず、又た人を駭かさず君子の事に處するに真見有るも、遽かに行はざるなり。又た眾見を驗し、眾情を察し、諸を理に協へて協ひ、諸を眾情・眾見に協へて協へば、則ち斷じて以て必ず行ふ。果たして理は當然にして、眾情・眾見の協はざるや、又た委曲して以て吾が理を行ふ。既に理を貶せず、又た人を駭かさず。此れを之れ理術と謂ふ。噫、惟だ聖人のみ之を能くす。獵較の類是れなり。