韓非子 / 難勢第四十
堯為匹夫、不能治三人、而桀為天子、能亂天下。吾以此知勢位之足恃、而賢智之不足慕也。
新字:堯為匹夫、不能治三人、而桀為天子、能乱天下。吾以此知勢位之足恃、而賢智之不足慕也。
書き下し
堯も匹夫為らば、三人を治むること能わじ、而して桀天子為れば、能く天下を亂る。吾此を以て勢位の恃むに足り、而して賢智の慕うに足らざるを知るなり。
現代語訳
聖人堯も、もし庶民であれば三人すら治められないだろう。しかし暴君桀も、天子という地位にあれば天下を乱すことができた。このことからも、権勢や地位こそが頼るべきものであり、賢さや知恵は(それ単体では)尊ぶに値しないことがわかる。
解説
聖人と讃えられた堯でさえ、もし身分のない一庶民だったなら、たった三人の人間さえまとめきれなかっただろう。逆に暴君と呼ばれた桀でも、天子という高い地位にあったからこそ天下を乱すほどの力を振るえた。ここから分かるのは、人を動かす力の大きさを決めるのは、その人の賢さや人柄そのものよりも、その人が置かれている役割や立場だという事実です。町内会の会長や学級委員、会社の課長といった立場に就くと、それまで大人しかった人が急に頼もしく振る舞い始めることがあります。逆にどんなに人格者でも、何の立場も与えられなければ周りを動かせません。人を育て、任せるときは、その人の性格だけでなく、どんな立場と役割を与えるかを合わせて考えることが大切なのです。
この章句が説くこと
権限役職地位リーダーシップ影響力
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