潜夫論 / 述赦
留吾真事,春夏待秋冬,秋冬復涉春夏。如此行逢赦者,不可勝數。又謹慎之民,用天之道,分地之利,擇莫犯土,謹身節用,積累纖微,以致小過。此言質良蓋民,惟國之基也。輕薄惡子,不道凶民,思彼奸邪,起作盜賊,以財色殺人父母,戮人之子,滅人之門,取人之賄。及貪殘不軌,凶惡弊吏,掠殺不辜,侵冤小民。皆望聖帝當為誅惡治冤,以解蓄怨。反一門赦之,令惡人高會而誇詫,老盜服藏而過門,孝子見仇而不得討,亡主見物而不得取,痛莫甚焉。故將赦而先暴寒者,以且多冤結悲恨之人也。
新字:留吾真事,春夏待秋冬,秋冬復渉春夏。如此行逢赦者,不可勝数。又謹慎之民,用天之道,分地之利,択莫犯土,謹身節用,積累繊微,以致小過。此言質良蓋民,惟国之基也。軽薄悪子,不道凶民,思彼奸邪,起作盗賊,以財色殺人父母,戮人之子,滅人之門,取人之賄。及貪残不軌,凶悪弊吏,掠殺不辜,侵冤小民。皆望聖帝当為誅悪治冤,以解蓄怨。反一門赦之,令悪人高会而誇詫,老盗服蔵而過門,孝子見仇而不得討,亡主見物而不得取,痛莫甚焉。故将赦而先暴寒者,以且多冤結悲恨之人也。
書き下し
吾が真事を留め、春夏には秋冬を待ち、秋冬には復た春夏に渉る。此くの如く行いて赦に逢う者は、勝げて数う可からず。又謹慎の民は、天の道を用い、地の利を分け、択びて土を犯す莫く、身を謹み用を節し、纖微を積累して、以て小過を致す。此れ質良の蓋民を言い、惟れ国の基なり。軽薄の悪子、不道の凶民、彼の奸邪を思い、起ちて盗賊を作し、財色を以て人の父母を殺し、人の子を戮し、人の門を滅ぼし、人の賄を取る。貪残不軌、凶悪の弊吏、不辜を掠殺し、小民を侵冤するに及ぶ。皆聖帝の当に悪を誅し冤を治めて、以て蓄怨を解くべきを望む。反って一門に之を赦し、悪人をして高会して誇詫せしめ、老盗は服蔵して門を過ぎ、孝子は仇を見て討つを得ず、亡主は物を見て取るを得ず、痛み焉より甚しきは莫し。故に将に赦せんとして先ず暴寒するは、以て且に冤結悲恨の人多からんとすればなり。
現代語訳
私の真意を残し、春夏には秋冬を待ち、秋冬にはまた春夏を越えます。こうして過ごすうちに恩赦に出会う者は数えきれません。また慎み深い民は、天の道に従い、土地の利を分け、土を乱さないように選び、身を慎んで費えを節し、わずかなものを積み重ねて、小さな過ちにとどめます。これは質実で善良な民を言うのであって、国の土台です。軽薄で悪い子や道に外れた凶民は、よこしまなことを思い、立って盗賊となり、金や色で人の父母を殺し、人の子を殺し、人の家を滅ぼし、人の財を奪います。貪欲で残忍な凶悪な官吏は、無実の者を襲って殺し、小民を不当に侵します。皆、聖帝が悪を誅し冤罪を正して、積もった怨みを解いてくれることを望んでいます。ところがかえって一括して赦し、悪人は盛大な宴で誇り、年老いた盗賊は身を隠して門前を通り、孝子は仇を見ても討てず、主を失った者は自分の物を見ても取り戻せません。これほど痛ましいことはありません。だから赦をしようとするとき、まず天候が急に寒くなるのは、冤罪や悲しみ、恨みを抱いた人が多くなろうとするからでしょう。
解説
この章句が説くこと
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