潜夫論 / 述赦
凡治病者,必先知脈之虛實,氣之所結,然後為之方,故疾可愈而壽可長也。為國者,必先知民之所苦,禍之所起,然後設之以禁,故奸可塞國可安矣。今日賊良民之甚者,莫大於數赦。赦贖數,則惡人昌而善人傷矣,奚以明之哉?曰:孝悌之家,修身慎行,不犯上禁,從生至死,無銖兩罪。數有赦贖,未嘗蒙恩,常反為禍。何者?正直之士之為吏也,不避強禦,不辭上官,從事督察,方懷不快,而奸猾之黨,又加誣言,皆知赦之不久,則且共橫枉侵冤,誣奏罪法。令主上妄行刑辟,高至死徙,下乃淪冤,而彼冤之家,乃甫當乞鞠,告故以信直,亦無益於死亡矣。及隱逸行士,淑人君子,為讒佞利口所加誣覆冒。下土冤民,能至闕者,萬無數人。其得省問者,不過百一,既對尚書,空遣去者,復十六七。雖蒙考覆,州郡轉相顧望。
新字:凡治病者,必先知脈之虚実,気之所結,然後為之方,故疾可愈而寿可長也。為国者,必先知民之所苦,禍之所起,然後設之以禁,故奸可塞国可安矣。今日賊良民之甚者,莫大於数赦。赦贖数,則悪人昌而善人傷矣,奚以明之哉?曰:孝悌之家,修身慎行,不犯上禁,従生至死,無銖両罪。数有赦贖,未嘗蒙恩,常反為禍。何者?正直之士之為吏也,不避強禦,不辞上官,従事督察,方懐不快,而奸猾之党,又加誣言,皆知赦之不久,則且共横枉侵冤,誣奏罪法。令主上妄行刑辟,高至死徙,下乃淪冤,而彼冤之家,乃甫当乞鞠,告故以信直,亦無益於死亡矣。及隠逸行士,淑人君子,為讒佞利口所加誣覆冒。下土冤民,能至闕者,万無数人。其得省問者,不過百一,既対尚書,空遣去者,復十六七。雖蒙考覆,州郡転相顧望。
書き下し
凡そ病を治する者は、必ず先ず脈の虚実、気の結ぼるる所を知り、然る後に之が方を為す、故に疾は愈ゆ可くして寿は長かる可きなり。国を為むる者は、必ず先ず民の苦しむ所、禍の起こる所を知り、然る後に之に設くるに禁を以てす、故に奸は塞ぐ可く国は安んず可し。今日良民を賊するの甚だしき者は、数しば赦すより大なるは莫し。赦贖数しばなれば、則ち悪人昌えて善人傷らる、奚を以て之を明らかにせんや。曰く、孝悌の家、身を修め行いを慎み、上の禁を犯さず、生より死に至るまで、銖両の罪無し。数しば赦贖有るも、未だ嘗て恩を蒙らず、常に反って禍を為す。何者ぞ、正直の士の吏と為るや、強禦を避けず、上官を辞せず、事に従いて督察し、方に不快を懐く、而るに奸猾の党、又誣言を加え、皆赦の久しからざるを知れば、則ち且に共に横枉して冤を侵し、罪法を誣奏せんとす。主上をして妄りに刑辟を行わしめ、高くは死徙に至り、下は乃ち冤に淪ましむ、而して彼の冤の家、乃ち甫めて当に鞫を乞うべくして、告げて故より以て直を信にするも、亦た死亡に益無し。隠逸の行士、淑人君子の、讒佞利口の為に誣覆冒せらるるに及ぶ。下土の冤民、能く闕に至る者は、万に数人無し。其の省問を得る者は、百に一に過ぎず、既に尚書に対し、空しく遣り去らるる者、復た十に六七。考覆を蒙ると雖も、州郡は転た相い顧望す。
現代語訳
病を治す者は、まず脈の強弱や気の滞る所を知り、そのうえで処方を立てます。だから病気は治り、寿命も延ばせます。国を治める者も、まず民の苦しみと禍の起こる所を知り、そのうえで禁を設けます。だから悪事はふさげ、国は安らぎます。今、良民を害することの最もはなはだしいものは、たびたびの赦より大きなものはありません。赦や罪の贖いが重なれば、悪人は栄えて善人は傷つけられます。どうしてそう言えるのか。孝悌を守る家は身を修め行いを慎み、上の禁を犯さず、生涯わずかな罪もありません。それなのにしばしば赦免があっても恩を受けたことはなく、むしろ災いを受けます。なぜか。正直な士が官吏になると、強い者を避けず、上官にも遠慮せず、職務に従って監督するので、不満を買います。そこへ悪賢い仲間がさらに偽りの言葉を加え、赦がまもなく来ないと知れば、皆で力を合わせて無実の者を陥れ、偽って罪を上奏します。主上に誤って刑を行わせ、重ければ死罪や流刑、軽くても冤罪に沈みます。そうした冤罪の家は、そこでようやく再審を願い出るものの、もともと正しいことを訴えても、死んでしまっては何の益もありません。隠れ住む有徳の士や、立派な君子が、人を陥れる口達者に誣いられ、覆い隠されることもあります。地方の冤罪の民で、宮門にたどり着ける者は、万人に数人もいません。取り調べを受けられる者は百に一にすぎず、尚書に対面しても、むなしく送り返される者がさらに十に六、七います。再調査を受けたとしても、州や郡は互いに顔色をうかがうばかりです。
解説
この章句が説くこと
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『潜夫論』述赦吾が真事を留め、春夏には秋冬を待ち、秋冬には復た春夏に渉る。此くの如く行いて赦に逢う者は、勝げて数う可からず。又謹慎の民は、天の道を用い、地の利を分け、択びて土を犯す莫く、身を謹み用を節し、纖微を積累して、以て小過を致す。此れ質良の蓋民を言い、惟れ国の基なり。軽薄の悪子、不道の凶民、彼の奸邪を思い、起ちて盗賊を作し、財色を以て人の父母を殺し、人の子を戮し、人の門を滅ぼし、人の賄を取る。貪残不軌、凶悪の弊吏、不辜を掠殺し、小民を侵冤するに及ぶ。皆聖帝の当に悪を誅し冤を治めて、以て蓄怨を解くべきを望む。反って一門に之を赦し、悪人をして高会して誇詫せしめ、老盗は服蔵して門を過ぎ、孝子は仇を見て討つを得ず、亡主は物を見て取るを得ず、痛み焉より甚しきは莫し。故に将に赦せんとして先ず暴寒するは、以て且に冤結悲恨の人多からんとすればなり。
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『潜夫論』述赦今顕らかに賞罰を行いて以て善悪を明らかにし、牧守を厳督して以て奸猾を擒うること無く、而して反って数しば赦して以て之を勧む、其の文は常に曰く、「謀反大逆不道の諸犯は、赦を得べからず、皆之を除き、将に士大夫と心を灑ぎ更始せんとす」と。歳歳之を灑ぐも、然れども未だ嘗て奸人冗吏の、肯えて心を変え悔い服して詔を称うる者有るを見ず。有司事を奏するに、又俗は赦前の微過を以て、今日の顕挙を妨ぐ。然れば則ち往を改め来を修むるは、更始の詔も亦た信ならざるなり。詩に「君子屢しば盟えば、乱是を用て長ず」と譏る、故に其の令を希にし、其の言を必にするに若かず、若し良く子無赦を能わざる者は、之を罕にするを愈れりと為す。世をして歳老いて古の時に一赦せしめば、則ち奸宄の減ずること十に八九、勝つ可きこと必なり。
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『潜夫論』述赦凡そ民の軽がるしく盗賊を為す所以、吏の奸匿を作し易き所以の者は、赦贖数しばなるを以て僥望有ればなり。若し犯罪の人をして、終身命を被り、得て必ず刑せしめば、則ち奸を計るの謀破れて悪を慮るの心絶えん。夫れ良贖は可なり、孺子をして妲ならしむ可く、中庸の人は、弘めて下す可し。故に其の諺に曰く、「一歳に載た赦せば、奴児噫嗟す」と。言うこころは王誅行われざれば、則ち痛瘀の子も皆軽がるしく犯す、況んや狡をや。若し誠に盗賊多くして奸勝えざるを畏れて赦すと思わば、則ち是れ国を為むること奸の冗報を為すなり。夫れ天道は善を賞して淫を刑し、天工は人其れ之に代わる。故に凡そ王者を立つるは、将に以て邪悪を誅して正善を養わんとするなり、而るに以て邪悪逆妄を逞しくするは焉より甚しきは莫し。且つ夫れ国に常治無く、又常乱無し。法令行わるれば則ち国治まり、法令弛めば則ち国乱る。法は常に行わるる無く、法は常に弛む無し。君法を敬えば則ち法行われ、君法を慢にすれば則ち法弛む。昔孝明帝の時、製して茂才を挙げ、闕を過ぎて恩を謝し、食を賜い事訖わりて、何の異聞ぞと問う。対えて曰く、「巫に劇賊九人有り、刺史数しば郡を竊むを以て、訖に得る能わず」と。帝曰く、「汝は南郡に部せる従事に非ずや」と。対えて曰く、「是なり」と。帝乃ち振怒して曰く、「賊部中に発して擒うる能わず、然らば材は何を以て茂ならんや」と。捶つこと数百、便ち官を免じ、而して切に州郡を譲め、十日の間に、賊即ち伏誅す。此に由りて之を観れば、盗賊を擒滅するは、法を明らかにするに在り、数しば赦すに在らざるなり。
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『潜夫論』述赦昔大司馬呉漢老い病みて将に卒せんとするに、世祖遺戒を問う。対えて曰く、「臣は愚にして智ならず、以て治を知るに足らず、慎みて赦す無きのみ」と。夫れ方は類を以て聚まり、物は群を以て分かれ、人の情は皆辞に見わる。故に諸々の赦すべからずと言う者は、身を修め行いを修むるに非ざれば、則ち必ず憂哀謹慎して、奸悪を嫉毒する者なり。諸々の数しばの赦を利とする者は、赦の務めに達せざるに非ざれば、則ち交内に隠憂を懐き、願い為す有る者なり。人君の令を発するや、必ず群臣に咨る。群臣の奸邪なる者は、固より必ず罪に伏し、正直の吏と雖も猶お公過有り。鬻拳、李離に非ざる自りは、孰か肯えて身を刑して以て国を正さん。然れば則ち是れ皆私計に接して以て公政を論ずるなり。瓜を興して裘を議る、時として可なる無し。伝に曰く、「民の幸多きは、国の不幸なり」と。夫れ罪有りて辜を備え、冤結ありて理を信にするは、此れ天の正なり、而して王の法なり。故に曰く、「詭随を縦にする無く、以て無良を謹む」と。若し善人を枉げて以て奸悪に恵まば、此れを怨みを斂めて以て徳と為すと謂う。先帝法を製して、刺刀を論衷するは、何ぞや。其の奸悪の心を懐き、殺害の意有るを以てなり。聖主は子愛の情有り、而して是に殺害の意有り、故に之を誅す、況んや罪を成すをや。
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『潜夫論』述赦夫れ稊稗を養う者は禾稼を傷い、奸宄に恵む者は良民を賊う。《書》に曰く、「文王罰を作し、茲を刑して赦す無し」と。是の故に先王の刑法を制するや、好んで人の肌膚を傷い、人の寿命を断つ者に非ざるなり。乃ち以て奸を威し悪を懲らし、民の害を除くなり。天下は本より民の相い治むる能わざるを以て、故に為に王者を立てて以て之を統治せしむ。天下は天の威命を奉じ、共に賞罰を行うに在り。故に経に称す、「天は有徳に命じ、五服五章あり。天は有罪を罰し、五刑五用あり」と。詩に刺る、「彼宜しく罪有るべきに、汝反って之を脱す」と。古は、唯だ始めて命を受くるの君のみ、大乱の極に承け、前王の悪を被り、其の民乃ち並びに敵仇と為り、寇賊せざる罔く、義を消し奸宄奪攘す、革命を以て祚を受け、為に之が父母と為り、故に一赦を得、継体以下は則ち違う無し。何者ぞ、人君は乾に配して仁、万物を順育して以て大功を成す、奸を養い罪を活かすを以て仁と為し、天賊を放縦するを賢と為すを得るに非ざればなり。
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『潜夫論』述赦今夫れ性悪の人は、家に居て孝悌せず、出入りに恭敬ならず、軽薄慢傲、凶悍にして辨無く、明らかに威侮侵利を以て行と為し、賊残酷虐を以て賢と為す、故に数しば王法に陥る者なり。此れ乃ち民の賊、下愚極悪の人なり。桎梏を脱して囹圄を出ると雖も、終に改悔の心無し。詩の羸敖頭を以てするより、出獄して踧踖たるも、復た法を犯す者は何ぞ然らざらん。洛陽には至りては謀合して人を殺すを主る者有り、之を会任の家と謂う。人より十万を受け、客に数千を謝し、又重く部吏に饋り、吏通奸を興し、利の入ること深重にして、幡党盤牙し、請いは貴戚寵臣に至る。説は上に聴かれ、謁は下に行われ、是の故に厳令尹と雖も終に破攘断絶する能わず、何者ぞ、凡そ敢えて大奸を為す者は、材必ず衆に過ぐる有りて能く自ら上に媚ぶる者なり。多く苟得の財を散じ、奉するに諂諛の辞を以てし、以て転た相い駆り、第五公の廉直有るに非ずんば、孰か能く顧みざる為らん。今案ずるに洛陽の人を殺すを主る者、高きは数十に至り、下は四五、身死せざれば則ち殺止まず、皆数しばの赦の致す所なり。此に由りて之を観れば、大悪の資は、終に化す可からず。歳ごとに奸を勧むるに適うのみと雖も、惑いては三辰に候有り、天気当に赦すべしとして、故に人主之に順いて徳を施すも、未だ必ずしも殺さざるなり。
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