潜夫論 / 慎微
使汝信厚,何不治而多益之,甚庶眾焉不遵履五常,順養性命,以保南山之壽,松柏之茂也。德嵒如毛,為仁杉海?莫與並蜂,自求辛螫。禍福無門,唯人所召。天之所助者順也,人之所尚者信也。履信思乎順,又以尚賢,是以吉無不利也。亮哉斯言,可無思乎?
新字:使汝信厚,何不治而多益之,甚庶衆焉不遵履五常,順養性命,以保南山之寿,松柏之茂也。徳嵒如毛,為仁杉海?莫与並蜂,自求辛螫。禍福無門,唯人所召。天之所助者順也,人之所尚者信也。履信思乎順,又以尚賢,是以吉無不利也。亮哉斯言,可無思乎?
書き下し
汝をして信厚ならしめば、何ぞ治めて之に益多くせざる、甚だ庶衆なるに焉んぞ五常を遵履し、性命を順養し、以て南山の寿、松柏の茂を保たざらんや。徳は嵒として毛の如し、仁を為すは杉海なるか。与に並蜂する莫く、自ら辛螫を求む。禍福は門無し、唯だ人の召く所なり。天の助くる所の者は順なり、人の尚ぶ所の者は信なり。信を履みて順を思い、又た以て賢を尚ぶ、是を以て吉にして利ならざる無し。亮なるかな斯の言、思う無かるべけんや。
現代語訳
あなたを誠実で厚い人にしたいなら、なぜ手入れしてさらに益を多くしないのでしょう。多くの人々が、どうして五常を踏み行い、性命を従順に養って、南山の寿や松柏の茂りを保たないことがありましょうか。(この前後は原文が乱れており、「徳は毛のように」「仁を為すは……」「並ぶ蜂はなく、自ら辛い毒針を求める」などの語が見えますが、意味は定めにくい箇所です。)禍と福に決まった門はなく、ただ人が招き寄せるのです。天が助けるのは順であり、人が尊ぶのは信です。信を踏み行い順を思い、さらに賢者を尊ぶ。そうすれば、吉であり利でないことはありません。まことにこの言葉は、考えずにいられるでしょうか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『五常訓』巻之五・信信は、天道にていはば誠なり。真実無妄を誠と云ふ。天道に春夏秋冬の四時あり。其内に土用あり。四時に元亨利貞の四徳あり。四徳の実にして、万世までたがはざるは誠なり。人に仁義礼智ありて、其内に信ある亦かくの如し。元亨利貞、四時のめぐりの序ちがはざるは、即誠なり。天道の、春生じ、夏長じ、秋をさめ、冬かくすこと、年々同じく、日月のめぐり、四時の温熱涼寒、人物のかたちも性も、万古より今に至りてかはらず。桃花は年々紅に、李花は年々白きも、皆是天道の誠たがはざるなり。天道にありては誠と云ひ、人に生れつきては信と云ふ。天にあり、人にある、理は一なり。
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『呻吟語』内篇・問學・第一に信を體するを要す我は我を信じ得過ぐるも、人は未だ必ずしも我を信じ得過ぎず。故に君子は嫌を避く。若し正大光明の心を以てすること青天白日の如く、又た至誠惻怛の意を以てすること火の熱く水の寒きが如くんば、何の嫌か避く可けん。故に君子の學問は第一に信を體するを要す。只だ信じ了はらば、天下に些子の事無し。
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『十善法語』巻第十一・不邪見戒之中総シテ心ノアル処ハ形ノアル処。形ノ生スル処ニ其心生スルシヤ。此女人自ノ眉目鼻口ノソナヘニ自執着セシ故。一息截断ノ時。其着セル心還テ己カ面上ニ生シ。虫ト為テ暫モ離レ得ヌシヤ。摩訶羅ト云ハ梵語デ。此ニハ老ナリ愚ナリト翻スル。愚人ノ年ヲ重ネタル者ノ名シヤ。看ヨ。正法ハ智愚ヲ択ハヌ。唯信アル処ニ此縁起実相ハ顕ルルシヤ。今日ノ者モ純一ニ心ヲ寄セハ。仮令摩訶羅ナリトモ。甚深ノ法ニ通達スヘキシヤ。
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『韓非子』外儲說左上第三十二賞罰信ならざれば則ち禁令行はれず、説は文公の原を攻むると箕鄭の餓を救ふとに在り。是を以て呉起故人を須ちて食し、文侯虞人に会して猟す。故に明主信を表すこと、曾子の彘を殺すが如きなり。患は厲王の警鼓を撃つと李悝の両和を謾くとに在り。一。宓子賤単父を治む。有若之を見て曰く、「子何ぞ臞せたるや。」宓子曰く、「君賤の不肖を知らず、単父を治めしむ、官事急にして、心之を憂ふ、故に臞せたり。」有若曰く、「昔者舜五絃を鼓し、南風の詩を歌ひて天下治まる。今単父の細を以て、之を治めて憂ふ、天下を治むるは将に奈何せんとするや。故に術有りて之を御すれば、身廟堂の上に坐し、処女子の色有るも、治に害無し。術無くして之を御すれば、身瘁臞すと雖も、猶ほ未だ益有らず。楚王田鳩に謂ひて曰く、「墨子は、顕学なり。其の身体は則ち可なり、其の言多くして弁ならざるは、何ぞや。」曰く、「昔秦伯其の女を晋の公子に嫁がしむ、晋をして之が為に装を飾らしめ、文衣の媵七十人を従へしむ。晋に至る、晋人其の妾を愛して公女を賤しむ。此れ善く妾を嫁がしむと謂ふべくして、未だ善く女を嫁がしむと謂ふべからざるなり。
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