潜夫論 / 慎微
知己曰明,自勝曰強。夫有不善,未嘗不知,知之未嘗復行,此顏子所以稱庶幾也。詩曰:「天保定爾,亦孔之固,俾爾亶厚,胡福不除。」小人以小善謂無益而不為也,以小惡謂無傷而不去也。是以惡積而不可掩,罪大而不可解也。此蹶屬所以迷國而不返,三季所以遂往而不振者也。夫積微成顯,積著成鄂,鄂致存亡,聖人常慎其微也。文王小心翼翼,成王夙夜敬止,思慎微眇,早防未萌,故能太平而傳子孫。且夫邪之與正,猶水與火,不同原,不得並盛,正性勝則遂重己不忍虧也,故伯夷餓死而不恨。邪性勝則忸怵而不忍舍也,故王莽竊位而不慚,積惡習之所致也。夫積惡習非久,致死亡非一也。世品人遂俾爾多益,以莫不庶。蓋也此言也。言天保佐王者,定其性命,甚堅固也。
新字:知己曰明,自勝曰強。夫有不善,未嘗不知,知之未嘗復行,此顔子所以称庶幾也。詩曰:「天保定爾,亦孔之固,俾爾亶厚,胡福不除。」小人以小善謂無益而不為也,以小悪謂無傷而不去也。是以悪積而不可掩,罪大而不可解也。此蹶属所以迷国而不返,三季所以遂往而不振者也。夫積微成顕,積著成鄂,鄂致存亡,聖人常慎其微也。文王小心翼翼,成王夙夜敬止,思慎微眇,早防未萌,故能太平而伝子孫。且夫邪之与正,猶水与火,不同原,不得並盛,正性勝則遂重己不忍虧也,故伯夷餓死而不恨。邪性勝則忸怵而不忍舎也,故王莽窃位而不慚,積悪習之所致也。夫積悪習非久,致死亡非一也。世品人遂俾爾多益,以莫不庶。蓋也此言也。言天保佐王者,定其性命,甚堅固也。
書き下し
己を知るを明と曰い、自ら勝つを強と曰う。夫れ不善有れば、未だ嘗て知らずんばあらず、之を知れば未だ嘗て復た行わず、此れ顔子の庶幾と称せらるる所以なり。詩に曰く、「天は爾を保定し、亦た孔だ之れ固く、爾をして亶に厚からしむ、胡んぞ福の除かれん」と。小人は小善を以て益無しと謂いて為さず、小悪を以て傷無しと謂いて去らず。是を以て悪積みて掩うべからず、罪大にして解くべからず。此れ蹶属の国を迷わせて返らざる所以、三季の遂に往きて振るわざる所以の者なり。夫れ微を積みて顕と成り、著を積みて鄂と成り、鄂は存亡を致す、聖人は常に其の微を慎むなり。文王は小心翼翼、成王は夙夜敬止し、微眇を慎むを思い、早く未萌を防ぐ、故に能く太平にして子孫に伝う。且つ夫れ邪と正は、猶お水と火のごとく、原を同じくせず、並び盛んなるを得ず、正性勝てば則ち遂に己を重んじて虧くに忍びざるなり、故に伯夷は餓死して恨まず。邪性勝てば則ち忸怵して舎つるに忍びざるなり、故に王莽は位を窃みて慚じず、悪習を積むの致す所なり。夫れ悪習を積むは久しきに非ず、死亡を致すは一に非ざるなり。世品人遂に爾をして益を多くし、以て庶からざる莫からしむ。蓋し也た此の言なり。言うこころは、天は王者を保佐し、其の性命を定め、甚だ堅固なり、と。
現代語訳
自分を知ることを明といい、自分に打ち勝つことを強といいます。不善があれば知らないことはなく、知ればもう行わない。これが顔回が「庶幾」と称えられた理由です。詩には「天はあなたを保ち定め、実に堅固にし、あなたを誠に厚くした。どうして福が除かれようか」とあります。小人は小さな善を益がないとして行わず、小さな悪を害がないとして改めません。だから悪が積もって覆い隠せず、罪が大きくなって解けなくなります。これが蹶属が国を迷わせて返らなかった理由であり、三代の末が衰えて振るわなくなった理由です。微細なものが積もって目立つものになり、目立つものが積もって大きな崖になり、崖が存亡を決めます。だから聖人は常にその微細なうちに慎みます。文王は小心翼翼とし、成王は朝夕に敬い、細かな点を慎み、まだ芽生えないうちに防ぎました。だから太平となり子孫に伝わりました。そもそも邪と正は、水と火のようなもので、源を同じくせず、並び栄えることはできません。正しい性が勝てば、自分を大切にして欠けさせるのに堪えられないので、伯夷は餓死しても恨みませんでした。邪な性が勝てば、恥じ恐れつつも手放すのに堪えられないので、王莽は位を盗んでも恥じませんでした。悪い習慣を積んだ結果です。悪い習慣を積むのは短期間ではなく、死亡や滅亡に至るのも一つの原因だけではありません。(以下、原文は詩の注釈とみられる部分で文が乱れており、おおよその意味は、天が王者を助けてその性命を定め、堅固にするということです。)
解説
この章句が説くこと
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