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史記 / 仲尼弟子列伝

顏回者、魯人也、字子淵。少孔子三十歲。顏淵問仁、孔子曰、克己復禮、天下歸仁焉。孔子曰、賢哉回也、一簞食、一瓢飲、在陋巷、人不堪其憂、回也不改其樂。回也如愚、退而省其私、亦足以發、回也不愚。用之則行、捨之則藏、唯我與爾有是夫。回年二十九、髮盡白、蚤死。孔子哭之慟、曰、自吾有回、門人益親。魯哀公問、弟子孰為好學。孔子對曰、有顏回者好學、不遷怒、不貳過。不幸短命死矣、今也則亡。

新字:顏回者、魯人也、字子淵。少孔子三十歲。顏淵問仁、孔子曰、克己復礼、天下歸仁焉。孔子曰、賢哉回也、一簞食、一瓢飲、在陋巷、人不堪其憂、回也不改其楽。回也如愚、退而省其私、亦足以発、回也不愚。用之則行、捨之則蔵、唯我与爾有是夫。回年二十九、髪尽白、蚤死。孔子哭之慟、曰、自吾有回、門人益親。魯哀公問、弟子孰為好學。孔子対曰、有顏回者好學、不遷怒、不貳過。不幸短命死矣、今也則亡。

書き下し

顔回は、魯の人なり、字は子淵。孔子より少きこと三十歳。顔淵、仁を問ふ。孔子曰く、「己に克ち礼に復る、天下仁に帰す」と。孔子曰く、「賢なるかな回や、一箪の食、一瓢の飲、陋巷に在り、人は其の憂ひに堪へず、回や其の楽しみを改めず。回や愚なるが如し、退きて其の私を省みれば、亦た以て発するに足る、回や愚ならず。之を用ふれば則ち行ひ、之を捨つれば則ち蔵る、唯我と爾とのみ是れ有るかな」と。回、年二十九、髪尽く白くして蚤く死す。孔子之を哭して慟し、曰く、「吾に回有りて自り、門人益々親しむ」と。魯の哀公問ふ、「弟子は孰をか学を好むと為すか」と。孔子対へて曰く、「顔回なる者有り、学を好み、怒りを遷さず、過ちを貮たびせず。不幸短命にして死せり。今や則ち亡し」と。

現代語訳

顔回は魯の人、字は子淵。孔子より三十歳若い。顔淵が仁について尋ねると、孔子は「私欲に打ち克って礼に立ち返れば、天下は仁に帰する」と答えた。孔子はこうも言った。「賢いなあ、回は。竹の器一杯の飯、ひょうたん一杯の汁で、むさくるしい路地に住み、人はその貧しさに耐えられないのに、回はその楽しみを変えない」。「回は一見愚か者のようだが、退いてその私生活を見ると、教えを十分に発展させて実践している。回は愚かではない」。「用いられれば世に出て道を行い、捨てられれば静かに引っ込む。それができるのは、私とお前だけだな」。顔回は二十九歳で髪が真っ白になり、若くして死んだ。孔子は号泣して「回が来てから、門人たちがいっそう親しみ合うようになった」と嘆いた。魯の哀公が「弟子で誰が学を好むか」と問うと、孔子は「顔回という者がいて、学を好み、怒りを人に八つ当たりせず、同じ過ちを二度繰り返しませんでした。不幸にも短命で死に、今はもうおりません」と答えた。

解説

外面的な評価や境遇に左右されない「内なる充実」と、成長し続ける人物像を描いた一段です。顔回は極貧の中でも学ぶ楽しみを失わず、一見鈍く見えて実は誰よりも深く教えを実践していました。ここに二つの学びがあります。第一に、真の充実は境遇(貧富)ではなく内面にあるということ。回は貧しさを苦にせず、自分の価値の源泉を外(財産・地位)ではなく内(学びと成長)に持っていました。第二に、孔子が挙げた顔回の美点『怒りを遷さず、過ちを貮たびせず』——感情を他者に八つ当たりしない自己制御と、同じ失敗を繰り返さない学習能力。これはリーダー・組織人にとって決定的な資質です。うまくいかない時に周囲に当たり散らさず、失敗から確実に学んで次に活かす。派手さはなくとも、この二つを備えた人こそ、周囲の信頼を集め(門人益々親しむ)、組織の核となります。若くして失われた才能への孔子の慟哭は、そうした人材の得がたさを物語ります。

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