潜夫論 / 慎微
是故君子戰戰栗栗,日慎一日,克己三省,不見是圖。孔子曰:「善不積不足以成名,惡不積不足以滅身。」夫賢聖卑革,則登其福。慶封伯荒淫於酒,沈湎無度,以弊其家。晉平殆政,惑以喪誌;良臣弗匡,故俱有禍。楚莊齊威,始有荒淫之行,削弱之敗,幾於亂亡。中能感悟,勤恤民事,勞積苦思,孜孜不怠。夫出陳應,爵命管蘇,召即墨,烹阿大夫,故能中興,強霸諸侯,當時尊顯,後世見思,傳為令名,載在圖籍。由此言之,有希人君,其行一也。
新字:是故君子戦戦栗栗,日慎一日,克己三省,不見是図。孔子曰:「善不積不足以成名,悪不積不足以滅身。」夫賢聖卑革,則登其福。慶封伯荒淫於酒,沈湎無度,以弊其家。晋平殆政,惑以喪誌;良臣弗匡,故倶有禍。楚荘斉威,始有荒淫之行,削弱之敗,幾於乱亡。中能感悟,勤恤民事,労積苦思,孜孜不怠。夫出陳応,爵命管蘇,召即墨,烹阿大夫,故能中興,強覇諸侯,当時尊顕,後世見思,伝為令名,載在図籍。由此言之,有希人君,其行一也。
書き下し
是の故に君子は戦戦栗栗として、日に一日を慎み、己に克ち三たび省み、見れざるを是れ図る。孔子曰く、「善積まざれば以て名を成すに足らず、悪積まざれば以て身を滅ぼすに足らず」と。夫れ賢聖は卑革して、則ち其の福に登る。慶封伯は酒に荒淫し、沈湎度無く、以て其の家を弊う。晋平は政を殆んじ、惑いて以て志を喪い、良臣匡さず、故に倶に禍有り。楚荘・斉威は、始め荒淫の行い有り、削弱の敗、乱亡に幾し。中ごろ能く感悟し、民事を勤恤し、労積み苦思して、孜孜として怠らず。夫の陳応を出し、管蘇に爵命し、即墨を召し、阿大夫を烹るや、故に能く中興し、諸侯に強霸し、当時尊顕、後世思わるるを見、伝えて令名と為り、載せて図籍に在り。此に由りて言えば、希なる人君有るも、其の行は一なり。
現代語訳
だから君子は恐れ慎み、日ごとに一日を慎み、自分に克ち幾度も省み、人に見えない所まで気を配ります。孔子は言いました。「善を積まなければ名を成すには足らず、悪を積まなければ身を滅ぼすには足らない」と。賢人聖人は低い所から改めて、福に至ります。慶封伯は酒に荒れ、溺れて節度がなく、自分の家を傷つけました。晋の平公は政治を怠り、惑って志を失い、良い臣下も正さなかったので、共に禍を受けました。楚の荘王と斉の威王は、はじめ荒淫の行いがあり、衰えと敗れで乱亡に近づきました。しかし途中で気づいて改め、民のことに心を砕き、苦労を重ね、怠らず努めました。陳応を退け、管蘇に爵位を与え、即墨の大夫を召し、阿の大夫を烹るという処断をして、中興し、諸侯の中で強く覇を唱え、当時は尊ばれ、後世にも慕われ、良い名として伝えられ、図籍に記されました。これによって言えば、まれな君主であっても、その行いは同じ理に従うのです。
解説
この章句が説くこと
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『呻吟語』内篇・修身・己が惡を攻むる者己が惡を攻むる者は、人の惡を攻むるに顧るを得ず。若し嘵嘵爾として人を雌黃せば、定めて是れ自ら治むること疏なる底ならん。
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『酔古堂剣掃』集醒・時時に檢點し得到る事無ければ便ち閒雜の念頭有りや否やを思ひ、事有れば便ち粗浮の意氣有りや否やを思ふ。意を得れば便ち驕矜の辭色有りや否やを思ひ、意を失へば便ち怨望の情懷有りや否やを思ふ。時時に檢點し得到りて、多より少に入り、有より無に入る、才かに是れ學問の真消息なり。
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『大和俗訓』巻之七・躬行下一夜にして後、けふのわが身のなせるわざを、よくかへりみて、ひが事あらば、後日のかがみとして、改めん事を思ふべし。毎夜かくの如くすべし。一人の身の上、さしあたりて為すべきこと多し。よく思ひて、油断なく、早くつとむべし。油断あれば、急なる事はさしおきて急がず、急ならざる事をいそぎて勤む。緩急をかんがへて、前後の次第を失ふべからす。さして用なき事をつとめ、いたづら事を好みて日をおくるは、はかなしといふべし。若き時は、殊にすべきわざにも心を用ひずして、むなしく過すこと多し。よくよく心をつくべし。
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『近思録』巻2 為学若し往来憧憧然として、其の私心を用ひて以て物に感ずれば、則ち思ひの及ぶ所の者は、能く感じて動く有るも、及ばざる所の者は感ずること能はざるなり。係る有るの私心を以て、既に一隅一事に主たれば、豈に能く廓然として通ぜざる所無からんや。君子の艱阻に遇ふや、必ず自ら身を省みて、失有りて之を致すかと。未だ善ならざる所有れば則ち之を改む。心に歉(あきた)らざる無ければ則ち勉めを加ふ。乃ち自ら其の徳を修むるなり。明に非ざれば則ち動くも之く所無く、動に非ざれば則ち明も用ふる所無し。習は、重ねて習ふなり。時に復た思ひ繹ねて、中に浹洽すれば、則ち説ぶなり。善を以て人に及ぼして信従する者衆し、故に楽しむべきなり。人に及ぼすことを楽しむと雖も、是とせられずして悶ゆる無きは、乃ち所謂君子なり。
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