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潜夫論 / 浮侈

今按枿畢之郊,文武之陵,南城之壘,曾皙之塚,周公非不忠也,曾子非不孝也,以為褒君顯父,不在聚財;揚名顯祖,不在車馬。孔子曰:「多貨財傷於德,弊則沒禮。」晉靈厚賦以雕牆,春秋以為非君。華元樂呂厚葬文公,春秋以為不臣。況於群司士庶,乃可僭侈主上,過天道乎?景帝時,原侯衛不害坐葬過律奪國。明帝時,桑民摐陽侯坐塚過製髡削。今天下浮侈離本,僭奢過上,亦已甚矣。凡諸所譏,皆非民性,而競務者,亂政薄化使之然也。王者統世觀民設教,乃能變風易俗,以致太平。

新字:今按枿畢之郊,文武之陵,南城之塁,曽皙之塚,周公非不忠也,曽子非不孝也,以為褒君顕父,不在聚財;揚名顕祖,不在車馬。孔子曰:「多貨財傷於徳,弊則没礼。」晋霊厚賦以雕牆,春秋以為非君。華元楽呂厚葬文公,春秋以為不臣。況於群司士庶,乃可僭侈主上,過天道乎?景帝時,原侯衛不害坐葬過律奪国。明帝時,桑民摐陽侯坐塚過製髡削。今天下浮侈離本,僭奢過上,亦已甚矣。凡諸所譏,皆非民性,而競務者,乱政薄化使之然也。王者統世観民設教,乃能変風易俗,以致太平。

書き下し

今、枿畢の郊、文武の陵、南城の塁、曾皙の塚を按ずるに、周公は忠ならざるに非ず、曾子は孝ならざるに非ず。以為らく、君を褒め父を顕すは、財を聚むるに在らず、名を揚げ祖を顕すは、車馬に在らず、と。孔子曰く、「貨財多ければ徳を傷り、弊るれば則ち礼を没す」と。晋の霊は賦を厚くして以て牆を雕り、春秋は以て君に非ずと為す。華元・楽呂は文公を厚葬し、春秋は以て臣ならずと為す。況んや群司士庶、乃ち主上を僭侈し、天道に過ぐべけんや。景帝の時、原侯衛不害は葬の律に過ぐるに坐して国を奪われ、明帝の時、桑民摐陽侯は塚の製に過ぐるに坐して髡削せらる。今天下は浮侈して本を離れ、僭奢して上に過ぐ、亦た已に甚だし。凡そ諸もろの譏る所、皆な民の性に非ず、而して競い務むる者は、乱政薄化の之をして然らしむるなり。王者は世を統べ民を観て教えを設け、乃ち能く風を変え俗を易え、以て太平を致す。

現代語訳

今、枿畢の郊、文王・武王の陵、南城の塁、曾皙の塚を調べてみると、周公が忠でなかったわけではなく、曾子が孝でなかったわけでもありません。彼らは、君を褒め父を顕すのは財を集めることにあるのではなく、名を揚げ祖先を顕すのは車馬にあるのではないと考えたのでしょう。孔子は言いました。「財貨が多いと徳を損ない、財貨が尽きると礼を失う」と。晋の霊公は税を重くして牆に彫刻を施し、『春秋』は君主にふさわしくないと見なしました。華元と楽呂は文公を手厚く葬り、『春秋』は臣下の道に外れていると見なしました。まして役人や士庶が、君主を超えて僭越な贅沢をし、天の道を踏み越えてよいものでしょうか。景帝のとき、原侯の衛不害は葬儀が規定を超えた罪で封国を奪われ、明帝のときには、桑民の摐陽侯が塚の規格を超えた罪で髪を剃られる刑を受けました。今、天下の贅沢は本を離れ、分を超えた奢りが上を過ぎており、すでに度が過ぎています。これまで批判してきた事柄は、すべて民の本性ではなく、人々が競って励むのは、乱れた政治と薄れた教化がそうさせているからです。王者は世を治め、民の様子を観て教えを設け、それでこそ風俗を変えて太平に至ることができます。

解説

葬儀の贅沢をめぐる議論のまとめとして、王符は古の賢人の墓と『春秋』の評価、後漢の処罰例を示します。周公や曾子のように忠孝の人でも、財や車馬で名を顕そうとはしなかったと述べ、孔子の言葉で財貨と徳・礼の関係を示しています。そして結論は、こうした浮侈は民の本性ではなく、乱れた政治と薄れた教化が生んだものだというところにあります。責任は個人の欲だけでなく、上に立つ者の制度や風土にあるという見方です。現代の組織でも、不正や浪費の多発は、評価制度や上層の振る舞いが生む構造的な問題として検討する必要があります。

この章句が説くこと

浮侈僭上教化厚葬風俗潜夫論

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