潜夫論 / 忠貴
夫鳥以山為卑而槽巢其上,魚以淵為淺而穿穴其中,卒所以得之者餌也。貴戚懼家之不吉,而聚諸令名;懼門之不堅,而為作鐵樞。卒其以敗者,非苦禁忌少,而門樞朽也。常苦崇財貨而行驕僭,虐百姓而失民心爾。孔子曰:「不患無位,患己不立。」是故人臣不奉遵禮法,竭精思職,推誠輔君,效功百姓,下自附於民氓,上承順於天心,而乃欲任其私知,竊君威德,以陵下民,反戾天地,欺誣神明,偷進苟得,以自奉厚。居累卵之危,而圖泰山之安;為朝露之行,而思傳世之功。譬猶始皇之舍德任刑,而欲計一以至於萬也,豈不惑哉!
新字:夫鳥以山為卑而槽巣其上,魚以淵為浅而穿穴其中,卒所以得之者餌也。貴戚懼家之不吉,而聚諸令名;懼門之不堅,而為作鉄枢。卒其以敗者,非苦禁忌少,而門枢朽也。常苦崇財貨而行驕僭,虐百姓而失民心爾。孔子曰:「不患無位,患己不立。」是故人臣不奉遵礼法,竭精思職,推誠輔君,効功百姓,下自附於民氓,上承順於天心,而乃欲任其私知,窃君威徳,以陵下民,反戻天地,欺誣神明,偸進苟得,以自奉厚。居累卵之危,而図泰山之安;為朝露之行,而思伝世之功。譬猶始皇之舎徳任刑,而欲計一以至於万也,豈不惑哉!
書き下し
夫れ鳥は山を以て卑しと為して其の上に槽巢し、魚は淵を以て浅しと為して其の中に穿穴す。卒に之を得る所以の者は、餌なり。貴戚は家の吉ならざるを懼れて諸もろの令名を聚め、門の堅からざるを懼れて為に鉄の枢を作る。卒に其の以て敗るる者は、禁忌の少なく、門枢の朽つるに苦しむに非ず。常に財貨を崇び驕僭を行い、百姓を虐げて民心を失うに苦しむのみ。孔子曰く、「位無きを患えず、己の立たざるを患う」と。是の故に人臣は礼法を奉遵し、精を竭くして職を思い、誠を推して君を輔け、功を百姓に効し、下は自ら民氓に附き、上は天心に承順するをせずして、乃ち其の私知に任せ、君の威徳を窃み、以て下民を陵ぎ、天地に反戻し、神明を欺誣し、偸み進み苟くも得て、以て自ら奉ずること厚からんと欲す。累卵の危うきに居りて泰山の安きを図り、朝露の行いを為して世を伝うるの功を思う。譬えば猶お始皇の徳を舎てて刑に任じ、一を計りて以て万に至らんと欲するがごとし。豈に惑わずや。
現代語訳
鳥は山を低いと思って、その上に巣を作り、魚は淵を浅いと思って、その中に穴を掘ります。それでもついに捕らえられるのは、餌があるからです。貴戚は家が吉でないことを恐れて数々の良い名を集め、門が堅固でないことを恐れて鉄の戸軸を作ります。けれども結局敗れるのは、禁忌が少ないことや門の戸軸が朽ちたことに苦しんだからではありません。常に財貨を崇び、驕りと分不相応を行い、百姓を虐げて民心を失うことに苦しんだからです。孔子は「地位がないことを憂えず、自分が立っていないことを憂えよ」と言いました。ですから臣下は礼と法を守り、精力を尽くして職を思い、誠を推して君を輔け、功を百姓に尽くし、下は民に親しみ、上は天の心に従うべきなのに、そうせずに自分の私的な知恵に任せ、君の威徳を盗み、下の民を凌ぎ、天地に逆らい、神明を欺き、ずるく進み、苟くも得て、自分を厚く養おうとします。積み上げた卵のような危うさの中にいて、泰山のような安らぎを図り、朝露のようにはかない行いをして、世に伝える功績を思う。たとえば秦の始皇帝が徳を捨てて刑に任せ、一世から万世に至ろうとしたのと同じです。なんと惑っていることでしょう。
解説
この章句が説くこと
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