潜夫論 / 忠貴
周公東征,後世追思;召公甘棠,人不忍伐。見愛如是,豈欲私害之者哉?此其後之封君多矣,或不終身,或不期月,而莫隕墜其世無者,載莫盈百,是人何也哉。
書き下し
周公の東征は、後世追思し、召公の甘棠は、人伐るに忍びず。愛せらるること是くの如し、豈に私に之を害せんと欲する者ならんや。此れ其の後の封君多きも、或いは身を終えず、或いは月を期せず、而して其の世を隕墜する莫き者は、載ること百に盈つる莫し。是の人何ぞや。
現代語訳
周公の東征は後の世まで思い返され、召公のかりそめの甘棠の木は、人々が伐るにしのびませんでした。これほど愛されて、どうして私的にこれを害そうとする者があるでしょうか。それなのにその後に封じられた君は多くいても、一生を全うしない者もいれば、一か月も保たない者もいます。そして代を落とさずに続いた者は、記録に百に満たないほどです。これらの人は何だったのでしょうか。
解説
ここでは短く、周公と召公という愛された人々の例が置かれ、それに比べて後世に封じられた君の多くが長続きしなかったことが対照されます。人々から慕われる統治者は、害されることなく名を残すという前提が見えます。逆に、民の愛を得られない者は、封土を得ても長くは保てないということを暗に示しています。ただし原文は最後に疑問で終わり、詳細な理由は次の段に託されています。現代の組織でも、地位や権限を得ながら、周囲の信頼を築けなければ、その地位は長続きしません。まず慕われることが、権限を持続させる土台になります。
この章句が説くこと
忠貴周公召公民心持続潜夫論
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