後世への最大遺物 / 第一回・上から掘れ、おれは下から掘る
「われわれのような貧乏人で、貧乏人には何も大事業を遺して逝くことはできない」というと、弟が兄に向っていうには、「この山をくり抜いて湖水の水をとり、水田を興してやったならば、それが後世への大なる遺物ではないか」というた。兄は「それは非常に面白いことだ、それではお前は上の方から掘れ、おれは下の方から掘ろう。一生涯かかってもこの穴を掘ろうじゃないか」といって掘り始めた。それでドウいうふうにしてやりましたかというと、そのころは測量器械もないから、山の上に標を立って、両方から掘っていったとみえる。それから兄弟が生涯かかって何もせずに……たぶん自分の職業になるだけの仕事はしたでございましょう……兄弟して両方からして、毎年毎年掘っていった。
書き下し
「われわれのような貧乏人で、貧乏人には何も大事業を遺して逝くことはできない」というと、弟が兄に向っていうには、「この山をくり抜いて湖水の水をとり、水田を興してやったならば、それが後世への大なる遺物ではないか」というた。兄は「それは非常に面白いことだ、それではお前は上の方から掘れ、おれは下の方から掘ろう。一生涯かかってもこの穴を掘ろうじゃないか」といって掘り始めた。それでどういうふうにしてやりましたかというと、そのころは測量器械もないから、山の上に標を立てて、両方から掘っていったとみえる。それから兄弟が生涯かかって何もせずに……たぶん自分の職業になるだけの仕事はしたでございましょう……兄弟して両方からして、毎年毎年掘っていった。
現代語訳
私たちのような貧乏人には、何も大事業を遺して逝くことはできない、と兄が言うと、弟が兄に向かって言うには、この山をくり抜いて湖の水を取り、水田を開いてやったら、それが後世への大きな遺物ではないか、と。兄は、それは非常に面白い、それではお前は上の方から掘れ、私は下の方から掘ろう、一生涯かかってもこの穴を掘ろうではないか、と言って掘り始めました。どうやってやったかというと、当時は測量器械もないので、山の上に目印を立てて、両方から掘っていったとみえます。それから兄弟が生涯をかけて、ほかに何もせず、たぶん自分の生業になるだけの仕事はしたでしょうが、兄弟二人で両側から、毎年毎年掘っていきました。
解説
この章句が説くこと
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