潜夫論 / 忠貴
世有莫盛之福,又有莫痛之禍。處莫高之位者,不可以無莫大之功。竊亢龍之極貴,未嘗不破亡也。成天地之大功者,未嘗不蕃昌也。帝王之所尊敬,天之所甚愛者民也。今人臣受君之重位,牧天之所甚愛,焉可以不安而利之,養而濟之哉?是以君子任職則思利民,達上則思進賢,功孰大焉?故居上而下不重也,在前而後不始也。《書》稱「天工人其代之」,王者法天而建官,自公卿以下,至於小司,輒非天官也。是故明主不敢以私愛,忠臣不敢以誣能。夫竊人之財,猶謂之盜,況偷天官以私己乎?以罪犯人必加誅罰,況乃犯天得無咎乎?五代建侯,開國成家,傳嗣百世,曆載千數,皆以能當天官,功加百姓。
新字:世有莫盛之福,又有莫痛之禍。処莫高之位者,不可以無莫大之功。窃亢竜之極貴,未嘗不破亡也。成天地之大功者,未嘗不蕃昌也。帝王之所尊敬,天之所甚愛者民也。今人臣受君之重位,牧天之所甚愛,焉可以不安而利之,養而済之哉?是以君子任職則思利民,達上則思進賢,功孰大焉?故居上而下不重也,在前而後不始也。《書》称「天工人其代之」,王者法天而建官,自公卿以下,至於小司,輒非天官也。是故明主不敢以私愛,忠臣不敢以誣能。夫窃人之財,猶謂之盗,況偸天官以私己乎?以罪犯人必加誅罰,況乃犯天得無咎乎?五代建侯,開国成家,伝嗣百世,暦載千数,皆以能当天官,功加百姓。
書き下し
世に盛んなる莫き福有り、又痛ましき莫き禍有り。高き莫きの位に処る者は、以て大なる莫きの功無かるべからず。亢龍の極貴を窃むは、未だ嘗て破亡せずんばあらず。天地の大功を成す者は、未だ嘗て蕃昌せずんばあらず。帝王の尊敬する所、天の甚だ愛する所の者は民なり。今、人臣は君の重位を受け、天の甚だ愛する所を牧す。焉んぞ以て安んじて之を利し、養いて之を済わざるべけんや。是を以て君子は職に任ずれば則ち民を利するを思い、上に達すれば則ち賢を進むるを思う。功孰れか大ならん。故に上に居りて下重んぜざるなり。前に在りて後始まらざるなり。《書》に「天工は人其れ之に代わる」と称す。王者は天に法りて官を建つ。公卿より以下、小司に至るまで、輒ち天官に非ざるは非ず。是の故に明主は敢えて私愛を以てせず、忠臣は敢えて誣能を以てせず。夫れ人の財を窃むは、猶お之を盗と謂う。況んや天官を偸みて以て己に私するをや。罪を以て人を犯せば必ず誅罰を加う。況んや乃ち天を犯して咎無きを得んや。五代に侯を建て、国を開き家を成し、嗣を百世に伝え、歴載千を数えしは、皆な能く天官に当たり、功を百姓に加うるを以てなり。
現代語訳
世には、これ以上ない盛んな福があり、またこれ以上ない痛ましい禍もあります。これ以上ない高い位にいる者は、これ以上ない大きな功がなければなりません。亢龍のような極まった貴さを盗み取れば、破滅しなかったためしがありません。天地の大きな功を成し遂げる者は、栄えなかったためしがありません。帝王が尊び敬い、天がとりわけ愛するのは民です。今、臣下は君の重い位を受け、天が最も愛するものを牧しています。どうして民を安んじて利益を与え、養って救わずにいられましょうか。ですから君子は職に任じられれば民を利することを思い、上に達すれば賢者を進めることを思います。これ以上の功がありましょうか。だから上にいて下から重んじられないことはなく、前にいて後が始まらないことはありません。『書』には「天の仕事を人がこれに代わる」とあります。王者は天に法って官を設けます。公卿より以下、小さな役人に至るまで、天の官でないものはありません。それゆえ明君は私愛でもって官を与えず、忠臣は能力を偽って官を求めません。人の財を盗むことでさえ盗人と言います。まして天の官を盗んで私するならなおさらです。罪をもって人を犯せば必ず誅罰が加わります。まして天を犯して咎めがないことがありましょうか。五代に諸侯が建てられ、国を開き家を成し、跡継ぎを百代に伝え、千年を数えたのは、いずれも天の官にふさわしく、百姓に功を加えたからです。
解説
この章句が説くこと
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風姿花伝・第三 問答条々問、能に位の差別を知る事如何。答、これ目利の眼にはやすく見ゆるなり。凡そ位のあがるとは、能の重々の事なれども、ふしぎに十ばかりの能者にも、この位おのれとあがれる風体あり。但し稽古なからむには、おのれとあがる位ありともいたづら事なり。先づ稽古の劫入りて位のあらむは、常のことなり。また生得あがる位とは長なり。嵩と申すは別の事なり。多く人、長と嵩とを同じやうに思ふなり。嵩と申すは、ものものしくせのある形なり。またいふ、嵩は一切にわたる義なり。位長には別の物なり。たとへば、生得幽玄なる所ある、これ上の位か。然れども、さらに幽玄にはなき仕手の、長のあるもあり。これは幽玄ならぬ長なり。また初心の人思ふべし。稽古に上の位を心がけんは、返々かなふまじ。位はいよいよかなはで、あまさへ稽古しける分もさがるべし。所詮、位長のあがらんことは、かくべつの心得ありて得ずしては、大方かなふまじ。また稽古の劫入りて垢落ちぬれば、この位おのれと出来ることあり。稽古とは、音曲、舞、はたらき、物まね、かやうの品々をきはむる形木なり。よくよく工夫して思ふに、幽玄の位は生得の物か、闌けたる位は劫入りたるところか、心中に案をめぐらすべし。
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