論語 / 憲問篇
曾子曰:「君子思不出其位。」
新字:曽子曰:「君子思不出其位。」
書き下し
曾子曰く、君子は思うこと其の位を出でず。
現代語訳
曾子が言った。「君子(立派な人物)は、考えることが自分の立場の範囲を出ない。」
解説
前章を受けて、曾子がさらに踏み込んでいる。孔子は口を出さないと言ったが、曾子は思うことすら位を出ないと言った。行動だけでなく、関心の範囲まで規定している。厳しすぎるようだが、集中の技術としては筋が通る。人の思考の容量は限られている。自分の職務の外を考えているあいだ、職務については考えていない。組織で有能な人ほど、この線を越えがちである。他部署の非効率が見え、経営の判断に疑問が浮かび、業界全体の課題まで考える。それ自体は悪くないが、思考の総量は決まっている。自分の持ち場で誰よりも深く考えている人が組織の各所にいる状態と、全員が全体を論じている状態では、前者のほうが強い。位を出ない思考とは、狭さではなく深さを選ぶことである。
この章句が説くこと
位集中思考深さ曽子
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風姿花伝・第三 問答条々問、能に位の差別を知る事如何。答、これ目利の眼にはやすく見ゆるなり。凡そ位のあがるとは、能の重々の事なれども、ふしぎに十ばかりの能者にも、この位おのれとあがれる風体あり。但し稽古なからむには、おのれとあがる位ありともいたづら事なり。先づ稽古の劫入りて位のあらむは、常のことなり。また生得あがる位とは長なり。嵩と申すは別の事なり。多く人、長と嵩とを同じやうに思ふなり。嵩と申すは、ものものしくせのある形なり。またいふ、嵩は一切にわたる義なり。位長には別の物なり。たとへば、生得幽玄なる所ある、これ上の位か。然れども、さらに幽玄にはなき仕手の、長のあるもあり。これは幽玄ならぬ長なり。また初心の人思ふべし。稽古に上の位を心がけんは、返々かなふまじ。位はいよいよかなはで、あまさへ稽古しける分もさがるべし。所詮、位長のあがらんことは、かくべつの心得ありて得ずしては、大方かなふまじ。また稽古の劫入りて垢落ちぬれば、この位おのれと出来ることあり。稽古とは、音曲、舞、はたらき、物まね、かやうの品々をきはむる形木なり。よくよく工夫して思ふに、幽玄の位は生得の物か、闌けたる位は劫入りたるところか、心中に案をめぐらすべし。
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『近思録』巻7 出処苟も命を知らざれば、則ち険難に恐懼し、窮戹に隕穫し、守る所亡ぶ。安んぞ能く其の善を為すの志を遂げんや。寒士の妻、弱国の臣、各其の正に安んずるのみ。苟も勢を択びて従はば、則ち悪の大なる者にして、世に容れられず。井の九三、渫治して食はれず、乃ち人才智有りて用ひられず、行ふを得ざるを以て憂惻と為すなり。蓋し剛にして中ならず、故に施為に切なり。「之を用ふれば則ち行ひ、之を舎つれば則ち蔵る」者に異なり。革の六二、中正なれば則ち偏蔽無く、文明なれば則ち事理を尽す。上に応ずれば則ち権勢を得、体順なれば則ち違悖無し。時可なり、位得たり、才足れり、革に処るの至善なる者なり。必ず上下の信を待つ、故に「已日にして乃ち之を革む」なり。二の才徳の如き、当に進みて其の道を行ふべし、則ち吉にして咎無きなり。進まざれば則ち為すべきの時を失ひ、咎有りと為すなり。鼎の実有るは、乃ち人の才業有るなり。当に趨向する所を慎むべし。往く所を慎まざれば、則ち亦非義に陥る。故に曰く、「鼎に実有り、之く所を慎め。」士の高位に処るは、則ち拯ふこと有りて随ふこと無し。下位に在れば則ち当に拯ふべき有り、当に随ふべき有り、之を拯ふことを得ずして而る後に随ふ有り。「君子は思ふこと其の位を出でず。」位とは、処る所の分なり。万事各其の所有り。其の所を得れば則ち止まりて安し。若し当に行くべくして止まり、当に速かなるべくして久しく、或は過ぎ或は及ばざるは、皆其の位を出づるなり。況んや分を踰え非に拠るをや。人の止まるは久終に難し、故に節或は晩に移り、守り或は終に失ひ、事或は久しきに廃る。人の同じく患ふる所なり。艮の上九、終に敦厚なり。止まるの道の至善なり。故に曰く、「艮に敦し、吉。」中孚の初九に曰く、「虞れば吉。」象に曰く、「志未だ変ぜざるなり。」伝に曰く、信の始めに当り、志未だ従ふ所有らずして、信ずる所を虞度すれば、則ち其の正を得、是を以て吉なり。
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