論語 / 憲問篇
曾子曰:「君子思不出其位。」
新字:曽子曰:「君子思不出其位。」
書き下し
曾子曰く、君子は思うこと其の位を出でず。
現代語訳
曾子が言った。「君子は、思うことがその地位の範囲を出ない。」
解説
前章を受けて、曾子がさらに踏み込んでいる。孔子は口を出さないと言ったが、曾子は思うことすら位を出ないと言った。行動だけでなく、関心の範囲まで規定している。厳しすぎるようだが、集中の技術としては筋が通る。人の思考の容量は限られている。自分の職務の外を考えているあいだ、職務については考えていない。組織で有能な人ほど、この線を越えがちである。他部署の非効率が見え、経営の判断に疑問が浮かび、業界全体の課題まで考える。それ自体は悪くないが、思考の総量は決まっている。自分の持ち場で誰よりも深く考えている人が組織の各所にいる状態と、全員が全体を論じている状態では、前者のほうが強い。位を出ない思考とは、狭さではなく深さを選ぶことである。
この章句が説くこと
位集中思考深さ曽子
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