呻吟語 / 外篇・治道・各おの其の分に安んじ、各おの其の願ひを得
聖人在上,能使天下萬物各止其當然之所,而無陵奪假借之患,夫是之謂各安其分,而天地位焉;能使天地萬物各遂其同然之情,而無抑鬱倔強之態,夫是之謂各得其願,而萬物育焉。
新字:聖人在上,能使天下万物各止其当然之所,而無陵奪仮借之患,夫是之謂各安其分,而天地位焉;能使天地万物各遂其同然之情,而無抑鬱倔強之態,夫是之謂各得其願,而万物育焉。
書き下し
聖人上に在れば、能く天下萬物をして各おの其の當然の所に止まり、而して陵奪假借の患ひ無からしむ。夫れ是れを各おの其の分に安んずと謂ひて、天地位す。能く天地萬物をして各おの其の同然の情を遂げ、而して抑鬱倔強の態無からしむ。夫れ是れを各おの其の願ひを得と謂ひて、萬物育す。
現代語訳
聖人が上にあれば、天下万物がそれぞれ当然いるべき場所に止まり、侵し奪い借りる患いが無くなります。これを、それぞれその分に安んじると言い、天地が位を得ます。天地万物がそれぞれ共通の情を遂げ、塞ぎ鬱屈し意地を張る様子が無くなります。これを、それぞれその願いを得ると言い、万物が育ちます。
解説
中庸の位と育を、二つの状態に分けて定義します。位は、それぞれが場所に止まり侵し合わないこと。育は、それぞれが情を遂げ鬱屈しないこと。前者は秩序、後者は充足です。どちらも欠けてはならず、秩序だけでは鬱屈が残り、充足だけでは侵し合いが起こります。前に出てきた、清らかな世界と平らかな世界という段と同じ構図が、古典の語を借りて示された一段です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
位育秩序充足両立
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